三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldX《後編》】
 




「ああ、でも誤解しないでね〜。俺は別に名無しちゃんがすげえブスで、全然魅力がないとか言いたいわけじゃない。俺にとって名無しちゃんは十分エロ可愛いし魅力的だよ。ただあいつらと比べると、現実問題としてほとんどの女はどうしても霞んじまうだろうって話」
「それは……確かに、そうだと思います……」

珠稀に言われるまでもなく、自分でもそう思う。

周瑜に凌統、陸遜。さらに言えば甘寧、孫権、孫策、周泰、呂蒙、太史慈、徐盛、朱然……。

挙げていけばキリがないほど、呉の男性武将の多くは美形ばかりである。しかも、彼らは皆それぞれタイプの違う良い男だ。

(でも、私は……)

名無しは彼らに対して何の感情も抱いていないどころか、異性としてすら認識していない。

それは決して名無しが高望みだとか、プライドが高いとか、選り好みが激しいとか、お高くとまっているからとかではない。

どちらかといえば完全に逆の方向性で、彼女なりの確固たる理由があるからだ。

「私は……珠稀さんの仰るような意味では、誰の事も思っていません」
「うんうん、そういう誤魔化しはもういいから。本当のところは誰が好みなの」
「誤魔化しじゃないですよ!」
「俺、こう見えてそういうのには結構寛容だから。誰なら股を開いてもいいと思えるのか、どの男のことを毎晩考えてオナってんのか。お兄さん怒らねえから、正直に言ってみ?」

あまりにも明け透けな珠稀の言い方に一瞬言葉を失いかけたが、ここで引いては負けだと思い、名無しは懸命に言葉を紡ぐ。

「本当に、そのような気持ちはないんです。皆とても素敵な男性ですし、心から尊敬していますが……」
「マジで言ってんのそれ?いやいや、ないでしょ、フツー。つーか、あれだけの男相手に────」
「むしろ、あれだけの男性達だから、です」
「……は?」

珠稀の言葉を遮るように発せられた名無しの言葉に、彼は怪訝な顔をする。

「珠稀さんご自身が仰っていたではないですか。片方の魅力が低い場合、もう片方が相手を異性として意識することはなく、いつまで経ってもただの友人でしかないと」
「言ったけど、それが何か」
「そうだとしたら周瑜や凌統、陸遜みたいに素敵な男性達が、私のように魅力がない女を口説くなんてそっちの方がよっぽど非現実的です。万が一、億が一、私を口説いたとしても、きっと何かの間違いか冗談か、もしくは罰ゲームか何かだと思います」
「ちょっと待って」

真面目な顔で言い募る名無しに対し、珠稀は慌てて制止をかける。

「名無しちゃんは十分エロ可愛いし魅力的って言った俺の発言、無視してる?」
「それは…、お世辞でもとっても嬉しいです。珠稀さん、ありがとうございます」
「世辞じゃねーよ」
「もし本当に珠稀さんがそう思って下さっているとしても、きっとそれは珠稀さんの優しさからだと思います。珠稀さんが優しい方だというのは、よく存じていますから」

優しさという言葉ほど、自分に似合わない表現はないと思うのだが。

それでも何故か深く頷き、ニコニコと微笑みながら妙に納得している様子の名無しに、もはや珠稀の方が動揺してしまう。

「私が彼らに恋心を抱いたとしても、双方の魅力値の差から考えれば、どう足掻いても到底実る可能性がない悲恋です。ですから、そういった関係を望むことはありませんし、そもそもそんな気持ちを抱くことすら許されない対象ではないかと思います。異性として意識すること自体、とんでもなく高望みというものです」

落ち着いた態度で語る名無しの表情は真剣そのもので、決してふざけていたり、拗ねていたり、ひねくれている訳でもない。

ただ、事実のみを述べている。だからこそ余計に質が悪いというか何というか。

「はあ、なるほどねえ。そうきたか……まあそういう考えもあるわな。いや、でもさぁ…うーん…マジで?はいはい、なるほど、なるほど…」
「あの…、珠稀さん…?」
「てか、本当に何の感情も無し?本気で言ってる?」

あまりにも、彼女の返答が想定外だったのだろう。

普段軽妙でキレのあるトークを展開する彼にしては珍しく、何やらぶつぶつと呟いているかと思えば、しばらく黙り込んでしまった。どうやら脳内で思考の整理をしている最中らしい。

ここにきて、珠稀はようやく名無しという女性の特性を理解した。

今までは彼女は恋愛そのものに全く興味がないか、もしくは恋愛に疎く、男女の心の機微に鈍感な部分があるのではないかと思っていたのだが、それ以上に名無しはハイパー現実主義者だったのだ。

「君の言いたいことは何となく分かったような気もするけど。でもさぁ〜、それはそれで自己評価が低すぎない?」
「……?自己評価というよりも、自明の理のような気がするのですが……」
「俺の認識が間違っていたら教えて欲しいんだけどさ。名無しちゃんの理屈でいうのなら、君の中でイケメンは眼中にないけど、逆にブサメンなら異性として意識するってこと?ブサメンに告白されたら素直に嬉しいと思うし、ブサメンとの恋愛イベントなら拒絶しない。名無しちゃんはブサ専ってこと?」
「……私、そんなに顔で判断しているように見えます?」
「してるでしょ」

どう見たって逆顔面差別じゃん、と珠稀に断定され、名無しは困ったように眉を垂れる。

「うーん…。なんと表現すればいいのか分からないのですが…。例えば普通の一般男性から告白されたら嬉しくて胸がドキドキするけど、世界を股にかけて活躍するトップクラスの売れっ子モデルとか、芸能人とか、年商数億稼ぐようなNo.1ホストの方から突然『君が好きだ、本当だよ』『俺と付き合って』と言われても、素直に受け止められないという感じでしょうか。嬉しいよりも驚きの方が先にきてしまうといいますか、何かの間違いでしょう?とか、ドッキリですよね!?と思ってしまうと言いますか…」
「ああ…それならなんとなく分かる。確かに、その状況なら警戒するのもなくはない」
「良かった…!私の拙い説明で、お分かり頂けて嬉しいです」

屈託のない笑顔を浮かべ、穏やかな声で名無しが語る。

自分が周瑜達に異性として見られていない、見られることなど決して無いと確信しているからこそ、名無しもまた彼らに恋愛感情を抱かない。

かといって、どうせ自分なんてというネチネチした自虐や僻み根性や、美形に対する嫉妬心、過剰な自己否定といったものは、目の前にいる彼女からは一切感じられない。

名無しにとって、珠稀に告げた内容はさながら太陽が必ず東から昇って西に沈んでいくのと同レベルで、全く疑う余地もない、考える必要すらない常識。自明の理。

そうは言っても、同じ城内でともに生活する関係であれば、互いの性別を意識してしまう些細な切っ掛けなんていくらでもある。

予期せず密室で二人きりになってしまった時。食べ物や飲み物で、間接キスになった時。不意に互いの身体が触れてしまった時。たまたま着替えの場面に遭遇してしまった時。その他諸々。

普通の男性相手ならまだしも、相手は魅力値100を軽くオーバーするイケメンモンスターどもである。

いくら先述のような価値観で凝り固まっている名無しとはいえ、ただの一度も異性として意識した経験がないとは思えない。


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