三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldX《後編》】
 




「彼らの言う通り、確かに今は敵対する意思はないようだ。下手に刺激するのは得策ではない」
「ですが」
「忘れたのか?我々の当初の目的を。途中から流れが変わってしまったが、本来の予定はただの視察だ。制圧や摘発ではない」
「!」
「……城を出る前に伝えただろう。使えるモノは犬でも猫でも、蛇でも毒蜘蛛でも構わんと」

周瑜の言葉に、凌統ははっとした。

そういえばここへ来る前、周瑜からそんなことを言われた気がして、凌統はぐっと押し黙る。

そんなやり取りをする二人の姿を、キングは離れた位置からソファーに座って眺めていた。

同じようにして部下達の準備が整うまでソファーに深々と腰かけ、手持無沙汰に葉巻を指先で挟んで回す隣の男に、キングが小声で問いかける。

「……ねえ、おじさま」
「ん?」
「どうして旦那はあんなにもあいつらを挑発したのかしら。いくらお上が嫌いでも、普通だったらあんなことはしないと思うのよね」

向こうが先に喧嘩を売ってきたり、こちらに危害を加えてきたというならいざ知らず、少なくとも最初はまともな会話が出来ていたはずだった。

少人数とはいえ、敵は武将だ。しかもかなりの難敵。

呉国でも指折りの闇組織の根城に立ち入ったにも関わらず、怯えや恐怖といった感情を微塵も表に出さず、強者たる所以の余裕のある佇まいを見れば、そんじょそこらの武将風情とは違うことくらい容易に想像がつく。

そんな相手を安易に敵に回すなど、奸智に長ける珠稀の行動とは思えない。

だからこそ、何故彼があれほど執拗に彼らを煽り続けたのか、キングには理解出来なかった。

「旦那の事だから、何か理由があるんじゃない?」
「俺は珠坊本人じゃねえから、んなもん、分かるわけねえだろ」
「そりゃまあそうだけど……」
「けどまぁ、何となく予想はつくかな」
「えっ。そうなの?」

意外そうに聞き返すキングに、銀狼は頷く。

「珠坊は昔から性格は悪いが、お前が言う通り小利口な奴だ。意味もなく敵を増やすような真似はしない。あいつにはあいつの狙いがあったって事だな」
「それで?」
「俺が思うに、珠坊はあの名無しとかいう女の為にやったんじゃねえのかな」
「はぁ!?」

思わぬ名前が出てきたことに、今度はキングが驚いた表情を見せた。

「なによそれ…。どういうこと?」
「向こうは女に対する珠坊の狙いを知りたがっていた。どういうつもりで近付いたんだってな。お上ってやつは俺達を都合よく扱うのは良しとするが、その逆は断じて認めない。プライドの高い奴らだからな。もし名無しってのが珠坊に唆されて本気で惚れて、城の内情をペラペラしゃべりまくってたりなんかしたら、それこそお堅い連中にとってクソ面倒な事になるだろ」
「それは、そうね」

キングは相槌を打ちながら、頭の中で彼の話を整理する。

しかしまだ疑問は解けない。銀狼の言うことはもっともであるが、それとこれとがどう繋がるというのか。

「ってことは、単なる協力関係ではなく、ミイラ取りがミイラになっちまっている場合は身内だろうが処罰対象になるはずだ。だから珠坊はあえてあの兄ちゃん達を露骨に煽って怒らせて、あの女を救うと同時に自分が憎まれ役を買って出たんだよ」
「……!」
「仲間意識が強い奴らっていうのは、どこか身内を信じたい、庇いたい心理ってのが働くもんだからな」

世間の恋人同士や、既婚者の不倫でもそうだ。

自分というれっきとしたパートナーや可愛い子どもがいるというにも関わらず、他の異性に余所見をし、実際に浮気までして、あまつさえその相手に騙され、金銭を貢いだり財産を奪われたりしたとすれば、一番悪いのはその行為に及んだ恋人や夫、妻本人に決まっている。

それなのに、世の中の一定数の者達は、自分のパートナーよりも浮気や不倫相手の方に強烈な怒りを向ける。

今まで浮気なんて一度もしたことがない人だったのに、本当はとても家族思いないい夫や妻だったのに、あいつが俺(私)の恋人を誘惑したのがいけないんだ。浮気(不倫)相手のせいで自分達の幸せが壊されてしまったんだ。全部あいつが悪いんだ!と。

傍から見れば滑稽極まる現実逃避と自己欺瞞だが、人間とは得てして愚かな物だ。

理屈として理解はしていても、つい好きな相手の事は贔屓目で見てしまう。不都合な真実からは、目を背けたくなってしまう。

「甘寧って昔からのダチとは違って、女はたまにしか顔を見せに来ない。自分達の間にはそれなりの距離がある。そう前置きした上で、いかにも珠坊の方からちょっかいかけまくっているような発言をしまくる。実際のところはどうだか知らねえが、あのイケメン達も本当のところはイマイチ分かってねえみてえだから当然勘違いをするわな」
「…つまり…」
「そ。名無しって女はちゃんと節度を持って珠坊に接し、珠坊と交流があるのは単にお国の役に立とうと仕事熱心なだけ。それに引き替え、珠坊は抜群に顔が良いだけで女にだらしのねえ下心満載な下衆野郎で、自分達の同僚はそんなクズに目を付けられてしまった哀れな被害者。となれば、兄ちゃん達の疑惑と怒りの矛先はぜーんぶ珠坊一人に向かうだろう?名無しは何も悪くない。よくも俺達の仲間にそんなこと、チンピラ風情が図々しい、てめえが諸悪の根源だ!……ってな」

そう言って彼は火を点けた葉巻を口に咥え、天井に向かって白い煙をフーッと吐き出す。

「見事に加害者と被害者、善と悪の構図が出来上がりよ。現に飛び込んできたあの女に対してお役人達は優しい眼差しを向けているし、翻って珠坊への蔑みの眼は強烈だ」
「……。」
「珠坊は全ての罪を自分で背負った。あいつがそこまでするっていうからには、よっぽどあの名無しって女の利用価値が高いのか、まだまだこれから玩具にして弄びてえのか……とにかく、もうしばらくの間は活用してやろうってこった」

最後にもう一度大きく煙を吐き出して、銀狼は灰皿で葉巻の火をもみ消した。

「ああ、他にもあの女を誑かした挙句に注射でも打ちまくってたっぷりヤク漬けにして、城の機密文書や財宝を横流しさせた上で全部の責任を押し付けて、こっちはトンズラするって手もあるな」
「ひっどぉ〜い、まるで極悪人みた〜い」
「ひでえ棒読みだな…。てか実際、自分の嫁や愛人以外の女は全員風俗に沈めて換金するか、スケベ親父と援交させるか、ヤク漬けかセックス漬けにして会社の金でも横領させるくらいしか使い道なんてねえだろう」

俺等みたいな男の中身はヘドロみてえなもんだから、役人どもにどれだけ非難されようが事実は事実か、などと笑いつつ、銀狼は葉巻を懐にしまう。

そんな彼の横顔を眺めながら、キングはなるほどねぇ、と納得した。

珠稀の本心は彼自身にしか理解できないが、銀狼の説明は案外的を射ているのかもしれない。

あの℃稀のことだ。自分に利益のない事はせず、損得勘定無しに誰かを助けることなど皆無に等しい。

加えて弁も立つという憎らしい男なので、それらしい台詞を咄嗟に並べ立てるのは朝飯前。

……まず、絶対に有り得ないことではあるのだが。

万が一、そのような理由など一切抜きで珠稀が純粋に彼女を庇い、男として自分が非難の矢面に立つ心意気を見せたとかであれば、『旦那も結構カッコいいとこあるじゃない』───なんて思ったりもするけれど。


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