三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldX《後編》】
 




(駄目……!)

そう思った次の瞬間、考えるより先に身体が動いていた。名無しは目の前の二人の間に割って入り、周瑜を庇うように両手を広げて立つ。

自分よりも周瑜の身を優先されたことが余程想定外だったのか、珠稀の顔色が変わる。

驚きと動揺、苛立ち、そして怒りへと変化する感情の色が彼の瞳に宿ったが、それも一瞬の事だった。

男の本心はすぐに不敵な笑みの下に覆い隠され、何事もなかったかのように平然とした表情を取り戻す。

「五代目っ。これ以上、私の同僚を挑発するのはおやめください……!」

名無しの声が、痛みの色に染まる。

「先程、こんなつまらないことはやめるとお約束してくださったではないですか。こちらの応接室がいかに広大とはいえ、部下の皆さんを含めたこの大人数で乱戦になったとすれば双方の被害が甚大になるということは、五代目もお分かりでしょう。ですから、どうかこの場は、穏便に……」

必死の思いで言い募る名無しを無視して、珠稀は素早く彼女を抱き寄せた。

えっ、と思った瞬間、彼女の体を反転させた上で両肩に手を添えて、そのまま背後からぴったりと身を寄せる。

「ああっ…、俺、怖い……!」

………えっ??

突然の変貌ぶりに、その場にいた全員が再度目を丸くした。

先程までとは様変わりして弱々しく震える声とそのポーズに、誰もが言葉を失う。

「聞いて聞いて〜、名無しちゃ〜んっ。このお兄さんたちひどいんだよ!?俺のこといじめるんだよ〜!俺は何にもしていないのに、俺に対して暴力振るうんだ。怖ぁい…!」
「…えっ、と…」
「平和的な話し合いとか方法はいくらでもあるはずなのに、こんなにか弱い俺に対して、暴力とか最低だよね!?俺のこと守って……。お願い……」
「……え?……えっ??」
「名無しちゃんにしか頼めないんだ……、こいつら俺の話を全然聞いてくれないし、俺、困っちゃう。だから名無しちゃんだけが頼りなんだよ〜。優しい優しい名無しちゃんなんだもんっ。俺をこいつらから救って、守ってくれるよね……?」

呆気に取られつつ振り返ると、そこには瞳を潤ませ、顔を青褪めさせた珠稀の姿があった。

まるで泣き崩れる寸前のような顔付きのまま、名無しの背後に隠れるようにして立っている。その姿は、哀れで弱々しい小動物の姿を彷彿とさせた。

えっ……。珠稀さん、こういう演技も出来るんですか……?というか私、今どういう立場なんでしょうか……??

珠稀が時々ぶりっこ節を炸裂させることがあるのは名無しもよく知っていたが、大体が冗談めいたものばかりだったので、こんな風にひ弱な表情から仕草まで擬態できるとは思っておらず、その完璧な仕上がり具合に名無しは目が点になる。

「…この期に及んでこそこそと女性の背に隠れ、その体を盾にするとは…」

だが、感心している場合ではない。現に彼女を挟む形で珠稀と相対する周瑜には、全く演技が通じていない。

憤怒のオーラを立ち上らせながら、ギリリと歯軋りをする。

「度し難いにも程がある。貴様の腐った性根、やはりここで叩き直して───…!」
「ギャーッハッハッ!なんだよマジか!た……、じゃねえ、五代目!?面白すぎるだろ、お前のそれ!」

突然、響き渡るような高笑いが辺り一面に響き渡った。ぎょっとして声のした方を見ると、豪快に爆笑しているのは言わずもがな、あの銀狼である。

「あ〜、腹痛ぇわ!!なに、もしかしてお前、その女の前ではいつもそんなカワイコぶってるわけ?」
「な……」
「いやいやいやいや、有り得ねえだろ!無理ありすぎだって!どう見てもただのハムスターの皮を被った灰色熊か、下手すりゃゴリラにしか見えねえんだけど!!」

げらげらと笑いながら放たれた辛辣な言葉に、周瑜だけではなく、周囲の男達も皆唖然とする。

今の一連の流れでは、珠稀の振る舞いは完全に周瑜をおちょくっているようにしか見えず、そんな事は周瑜とて他人に言われなくても分かっている。しかし、彼が一番腹を立てているのはそこではない。

「やべー、マジでウケるわこれ!」

腹筋崩壊状態の銀狼が隣のキングの肩をバシバシと叩くと、その行為に触発されたのか、キングもたまらず吹き出した。

「ちょっと…、やめてよおじさま!そんなに叩かないでよ!せっかく我慢してたのにぃ……ププッ!!」
「あーもうダメ、面白過ぎる……!超ウケる……!あはははっ、やべえ、腹筋つりそう……!!アハハハハッ!!!」

ひいひいと息も絶え絶えになりながら爆笑するその姿に、全員が愕然とする。完全に悪ノリ状態に突入した彼らは、最早収拾がつかない状況になっていた。

(ええええ……)

もうこうなると名無しにはどうしようもない。ただ立ち尽くすばかりである。

まさかとは思うが、これが珠稀の目的なのだろうか。

彼の言動は周瑜の怒りに再び火を灯したが、それを打ち消すほどの銀狼とキングの馬鹿笑いによって、全てが有耶無耶になってしまった。

「いや笑ったわー、今年イチ笑ったかもしれねえくらいの勢いで。何だかもう満足しちまったな……。帰ろ」

一通り笑って落ち着いたらしい銀狼は、そう言って剣を収めた。

「はぁぁぁ……、あたしも〜」

それを見たキングもまた笑いすぎて出た目尻の涙を拭い、彼に続くようにして身なりを整える。

「待てよおっさん。逃げるのかい?」

このまま逃がしてなるものかと、凌統が二人を呼び止めた。だが、それに振り返った銀狼は「ああ」と、特に動揺した様子もない。

「元々、俺達はただの見物人だからな。さっきは面白そうだからちょいと参加してみたが、今のところ呉軍と正面切って敵対するつもりなんかないぜ」
「俺達としては、別にあんたらと敵対しても問題ないんだけどね」

皮肉を込めて凌統が言うが、それも意に介さずひらひらと手を振る。

「それはそっちの都合だろ。基本的には、俺達にお上の助けなんて必要ないんだが…。貴重なブツと引き換えに細かい違反を見逃して貰ったり、そっちの人脈や情報に頼る機会もないとは言い切れねえ」
「誰があんたらなんかと───」
「おっと。そう短気になりなさんな、色男。ま、これからひとつ仲良くしようぜ?」

凌統を見据える男の眼が、にやりと笑う。それはどこか楽しげで、それでいて何かを企んでいるかのような、不気味な笑みだった。

「じゃ、そんな訳で、縁があったらまた会おうぜ」
「あたしもこれで失礼するわね。欲しい武器やその他諸々があったら、五代目の旦那経由で声かけてちょうだい。本来ならお上相手には思いっきり高額をふっかけてやりたいところだけど、旦那のお知り合いならそれなりにお安くしてあげてもよくってよ」

最後にそれぞれ挨拶すると、二人の男は部下に命じてそれぞれ帰り支度を始めた。どうやら本当に帰るつもりのようだ。

「おい、待ちやがれ……!」
「やめておけ、凌統」

尚も引き留めようとする凌統だったが、そんな彼を止めたのは意外にも周瑜であった。

その声色からは先ほどまであった怒りのような感情はすっかり消えており、冷静さを取り戻している。


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