三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Another worldW】
 




何を思ったのか、彼はその場所までツカツカツカと歩いていくと、手頃な長さの刀を二本手にして俺のいる場所まで戻ってくる。


一体何をするつもりなんだろう。


何事か、と思ってそんな彼の行動を呆然とした目で見つめていると、陸将軍が軽く顎をあげて空いているスペースを指し示した。

「武器を取りなさい。秦。私がその10人目の相手役となりましょう。名無しを助けてくれた事の礼をしようと考えていたのですが、何かしらのアドバイスでも出来たらいいなと思いまして」
「ええっ……!?」
「そちらのお二人に比べてみれば格段に武力の劣る私ではありますが、貴方の練習相手くらいにはなれるかもしれませんよ。そういう訳で、僭越ながら私が本日最後の対戦相手という事で」
「そっ…そんな…。お、恐れ多すぎますよ、陸将軍…!!陸将軍が俺の対戦相手だなんて…なんで……」

予想だにしていなかった彼の行動と言動に、周囲の兵士達からまたしても大きなどよめきが生まれる。

『り…陸将軍が…あの兵士の対戦相手を務めるだって…?無茶だ……』
『可哀想に、あいつ、本番前にボロ雑巾みたいにズタズタにされちまうぜ』
『相手が悪すぎたな……』

周囲の人間達の好奇心一杯で無遠慮な視線と声が、四方八方から容赦なく突き刺さる。

何か断る口実を、と考えた瞬間、陸将軍が辟易とした表情を浮かべ、形の良い唇を上下に開く。

「───集中しなさい」

低く張りのある陸将軍の声が、ビーンッ、と鞭のように兵士達を打ち据える。

静かな中にも彼の声に含まれた微かな怒気を敏感に察し、こちらを見ていた兵士達は一斉に『ひっ…』と小声で叫んで首をすくめた。


もはや、ここまできて断る口実など、俺には残されていなかった。


「さて。それでは一戦交えましょうか。よろしくお願い致します」
「うぅっ…。は、はい。こちらこそ……」


陸将軍に促されるままに、俺は彼と正面から向かい合う形で適度な間合いを取った。

どうしたものか…と思ってちょっとだけ残りの二人に目を向けてみると、凌将軍はその場で体操座りの姿勢をとって、ニコニコと微笑みながら俺に向かって軽く手を振っている。

あの嘘くさい笑顔が曲者なんだよな。

彼の隣にいる甘将軍は真っ直ぐな姿勢で立ったままで、軽く腕組みをしてこちらに視線を向けている。

完全にお膳立てされてしまった状況だ。


やるしかないのか……。



諦めにも似た暗い気持ちで模造刀を構えると、陸将軍の両目がギラリと光る。

先程までの穏和な美少年の容貌とは全くの別人の如く、今の陸将軍はまるで氷のような冷たい眼光で俺を射抜く。

「……それが構えのつもりですか。もっと集中なさい」
「は、はぁ……」
「私はこれでも結構日々のストレスが溜まっているので、組み手の時は相手を殺したくてウズウズしているのですよ」
「───!!」

言葉の終わりに、微妙に低く無機質な色の響きを重ね、陸将軍の双眼がさらなる妖しい輝きに濡れていく。


「───先手必勝の私の流儀、通させて頂きます」


言い終わったと同時に陸将軍が強い力で地面を蹴って、俺に向かって勢いよく突っ込んできた。


(早いっ……!!)


あっと言葉を発する暇もなく、一気に間合いを詰められて、彼の剣の切っ先が俺の腹に向けられる。

横払いだ。

「くっ……」

必死で彼の動きを目で追って、間一髪という所で何とか陸将軍の剣を跳ね返す事に成功した。

いくら模造刀とはいえど、まともに腹に打ち込まれてしまったら、大ダメージは免れない。

一度は防御に成功したものの、陸将軍は気にする事無く速いスピードで次々と二本の剣を打ち込んでくる。

(上段、下段っ。中段、中段、下段……)

流れるような動作で俺の急所ばかり確実に狙ってくる陸将軍の猛攻に、俺は彼の攻撃を何とかして防ぎきるだけで精一杯だった。

木製の模造刀同士がぶつかるたびにガガガガッという乾いた音が修練場の中に響き渡り、その間隔も段々速くなっていく。

「我々戦士にとって剣は単なる護身道具ではありません。自分の手足と同様、死ぬまで一心同体です。よく心に刻みつけなさい、貴方が誰かを殺すときには必ず使う事になる道具の一つなのですよ」
「くっ……」
「そして貴方が絶命するその瞬間、やはり何らかの武器や刃物がかなりの確率で貴方の体内に深く突き刺さっているはずです」

鋼を思わせる重く低い声で、陸将軍が攻撃の合間合間に言葉を告げる。

思いっ切り強い力で剣を振り下ろされて、咄嗟に防いだはいいもののその衝撃で激しくよろめいてしまった俺の頭上から、常に冷静な彼の声が降り注ぐ。

「捕虜にする時のように相手を殺さず、単純に戦意を失わせるだけの場合は致命傷を避けるために、なるべく相手の手か足、尻を刺します」
「……っ。ぐぅ……っ」
「あえて命を取らず、生きながらにして生き恥を相手に晒させたいというのであれば、手足を切り落とすか、アキレス腱を切って相手の行動の自由を生涯に渡って奪います」

何の感情も感じられない冷淡な瞳のままで、言葉通りに彼の剣が俺の手足の付け根やアキレス腱を狙い打つ。

このまま防戦一方では、完全にやられっぱなしになってしまう。

何か、一撃でもいいから彼に一太刀浴びせることは出来ないのだろうか。

そう考えた直後、剣を弾き返した衝撃で陸将軍の身体が一瞬沈む。

これはチャンスだとばかり、咄嗟に剣を横に薙いで彼の脇腹に刀身を打ち込もうと試みる。

すると、そのタイミングを狙い澄ましたかの如く再び陸将軍がダンッと地面を蹴った。

「あっ…!!」

慌てて彼の姿を目で追ったが、彼の身体はすでに空中に浮いていた。

宙で体勢を立て直すために身体を捻った彼の動作と同時に、ヒュンッと剣が空気を切るような嫌な音がする。

「陸遜は地上戦より空中戦に向いているんだよねぇ。相変わらずよく飛ぶっての」
「ジャンプ攻撃が得意だからな、陸遜は。とにかくすばしっこくて捕まえるのに難儀をするぜ」
「ふふっ。確かに面倒な相手だよね。でも俺、陸遜の戦闘スタイルは好きだよ。まるで鳥みたいに綺麗でさ……」

すぐ近くで俺達の試合を観戦している凌将軍と甘将軍の世間話が、まるでずいぶん遠くの方から聞こえてくるような錯覚に陥る。


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