三國/創作:V 【Under WorldX《前編》】 先手必勝の流儀に従い、真っ先に珠稀が動く。 狙うは敵リーダーの首ただ一つ。大きく踏み込んで一気に間合いを詰めると、剣の切っ先を周瑜の喉笛目掛けて突き入れた。 しかし、周瑜はそれを許さない。寸前のところで攻撃を躱し、代わりに相手の懐へと滑り込む。 すかさず珠稀の胸部を狙って剣を横に薙ぐが、彼は瞬時に身体を大きく後方に倒し、その勢いでバク転する要領で床へと着地。そのまま飛び退き、一旦距離を取る。 「避けんなよ。萎えるぜ」 「それはこっちの台詞だ」 悪態をつく珠稀に、周瑜は至極冷静な声音で返す。 初撃で大体分かった。この男は見た目だけ、口だけの存在ではない。剣の腕も反応速度も優れており、長引くと面倒な相手であると。 ならばやはり、五代目の宣言通り短期決戦に持ち込むのが最良か。 再び斬りかかろうとする珠稀に対し、今度は周瑜の方が先に仕掛けた。素早い動きで彼の死角に入ると、振り向きざまに一撃を放つ。 それを予測していたかのように珠稀も反応し、自らの得物で受け止めた。キィン、と鋭い金属音が鳴り響き、二つの刃がぶつかり合う。そしてすぐに激しい打ち合いが始まった。 他の四人の間でも、一対一の戦闘が繰り広げられている。 「避けられるかどうか、試してやるよ!」 ソファーに座ったままという圧倒的に不利なスタートをものともせず、床を蹴り上げて跳躍したキングがその反動を利用して空中で体勢を変え、陸遜めがけて何本もの投げナイフを投射した。 彼の指先から放たれた暗器は、矢のような速度と見事な正確さで標的に向かって一直線に飛んでいく。 だが、その刃が陸遜を傷付ける事はない。彼はその場から一歩も動かず、最小限の動きだけで飛燕剣を素早く振るって全てのナイフを叩き落とす。 キングの攻撃はまだ終わらない。空中に身を置いたまま体を捻って回転を加え、袖口に隠し持っていた新たな武器を解き放つ。───鎖分銅だ。 キングはこれを豪快に振り回し、陸遜の顔目掛けて叩きつける。遠心力を利用した重い一撃が、空気を切り裂く音と共に襲いかかった。 不意打ちにも等しい攻撃だが、陸遜は飛んでくる分銅を紙一重で避け、その場でジャンプして高く舞い上がる。同時に宙返りをし、落下しながら刀を振り抜く。 頭上から繰り出された斬撃を、キングは指に嵌めていた峨嵋刺で受け止めて防御。両者の力が拮抗し、互いに弾かれたように後方へ跳んで距離を離す。 「クッソ面倒臭え…。手間かけさせやがるから、ガキは嫌いなんだよ」 「私もです。年長者ほど、しぶとい方が多くて困ります」 「あぁ?」 「失礼。つい本音が」 「ぶっ殺す。もう決めたぜ」 キングは殺意に満ちた表情で睨みながら、利き手に構え直した峨眉刺の切っ先を真っ直ぐ陸遜に向ける。 離れた位置にいる銀狼と凌統の両名もまた、一騎打ちの最中であった。手にした刀剣を振りかざして斬りかかる銀狼に対し、凌統はギリギリの距離で巧みにそれを躱す。 だがそれも当然の話。元々、二人が得意とする分野は異なる種類だ。力と威力では銀狼が勝り、スピードと技術では凌統の方が優れている。 「ハハハッ!さすがだな、若いの。少しはやるじゃねえか!」 攻撃をことごとく避けられているにも関わらず、銀狼の口元には不敵な笑みが浮かんでいた。 本気で殺し合いをしているというのに、まるで壊し甲斐のある玩具を見つけた少年のように、ひどく楽しげで残酷な表情だ。 その様子を見た凌統は、苦虫を噛み潰したような顔をする。 「男好きのおっさんに褒められても、嬉しくも何ともないんだけどねぇ……」 「そりゃあ悪かったな。お前さんみてえにタッパもガタイもある野郎は好みじゃないんだが、お詫びにたっぷり可愛がってやるよ」 「いらないね。俺はそういう趣味ないんで」 「そう言うな。今から血飛沫舞い踊る天国ってヤツを見せてやるから」 「遠慮しとくよ」 そう答えた瞬間、凌統は地面を蹴って駆け出す。正面から突っ込んでくるのではなく、低い姿勢を保ちつつ敵の右側面を回り込むように走る動きだ。 突然の動きの変化に、銀狼は思わず虚を衝かれた。一瞬の動揺を突いて、凌統は一気に畳み掛ける。 双節棍を己の手足の如く自在に扱い、次から次へと連続攻撃を仕掛けていった。上下左右、あらゆる方向から絶え間なく打撃が飛ぶ。 その速さと威力はまるで嵐のようだ。銀狼ですら、軌道を目で追いガードするのがやっとの状態である。 だが相手は珠稀に並び、戦闘狂と呼ばれるマフィアの頭領である。そう簡単にやられる程、銀狼も甘くはない。 何とか凌統の攻撃を掻い潜り、瞬時に間合いを詰めると、至近距離から刀剣を大きく振りかぶって渾身の一撃を放った。刃先が空を斬り、凄まじい風圧が生まれる。 刹那、甲高い金属音が鳴り響いた。 振り下ろされた刀を、凌統は咄嗟に双節棍の連結部分で受け止めたのだ。 防御には成功したものの、衝撃を殺しきれず、後ろに吹っ飛ばされてしまった。しかし即座に受け身を取り、スムーズに態勢を立て直す。 「おお?やるじゃねえか。こいつは楽しくなってきやがったぜ!」 「こっちは反吐が出るんだけど」 「つれない事言うなよ。もっと激しくやろうぜ、なあ!」 嬉々として叫びながら、銀狼は再び間合いを詰めてくる。 部屋の中央では、依然黒蜥蜴五代目と周瑜の戦いが展開されていた。周瑜は見事な剣捌きで珠稀を追い詰めるが、対する珠稀も負けてはいない。 流れるような動きで剣撃を避け、隙を見て確実に反撃する。 「これだけの技量を持ちながら、悪の道に身を落とすとは…」 「余計なお世話だ。俺の生き様まで口出しされる筋合いはねえんだよ」 「貴様のような男がいるから、世の中は腐っていくのだ」 「はっ、お説教どうも。ご高説垂れる暇があったら、さっさと大人しく死んどけよ!」 周瑜の言葉を鼻で笑い飛ばし、逆に挑発的な台詞を口にする珠稀。刃の応酬はさらに激しさを増し、両者一歩も譲らない攻防が続く。しのぎを削る白兵戦だ。 男達の得物がぶつかり合い、互いの攻撃を躱すごとに周囲の家具が破壊され、装飾品が薙ぎ払われ、木片や陶器の破片が宙を舞う。 美しく整えられていた応接室は、時間の経過とともに見る影もなく荒れ果てていく。 珠稀から手出しを禁じられていた黒服達だが、眼前のハイレベルな戦いに割って入れる者など存在せず、どのみち黙って見守るしかない状態だった。 重要な客人を出迎えるための応接室は、黒蜥蜴のアジトの一室というだけあり一般的な物に比べてかなり広く、宴席が設けられるくらいの空間を有していたが、六人もの人間が入り乱れて戦うのはさすがに無理がある。 その上、今は六人とも素手ではなく武器を所持しており、室内は凶器が飛び交う危険な戦場と化していた。 このままでは、室内に控えている者全てが巻き添えを食らう危険がある。 そんな切迫した状況の中、事態は新たな展開を迎えた。 応接室の扉の向こう、廊下側から複数の足音と声が聴こえてきたのだ。それは、何者かがこの部屋の扉を目指して接近している事を意味していた。 異変に気付いた周瑜は、素早くそちらへ視線を向けた。他の者もすぐに物音を聞きつけ、皆一様に顔色を変える。 「どうやらお客様のようだ」 このタイミングで、何者だ。周瑜の言葉に、その場にいた誰もが同じ疑問を抱く。 呉軍の兵士達には店の外で待機を命じていたはずだ。上官の帰りが遅い事に痺れを切らし、命令を無視して勝手に乗り込んできたのか。 それとも、同じように主の身を守るために駆け付けた闇組織側の応援か、全く別の第三者か。いずれにしても招待されていない客が来たのは間違いないだろう。 扉の前に立っていた黒服が廊下の様子を探ろうと取っ手に手をかけたその時、内側から扉が開くよりも先に外側から扉が開け放たれた。 「───お待ちくださいっ!」 突如として現れた予期せぬ侵入者に、珠稀達は驚きを露にする。 黒服達に謝罪しながら、彼らを押し退けるようにして部屋の中へ足を踏み入れたのは、よく見知った人物だった。 ─END─ →後編へ続く [TOP] ×
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