三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldX《前編》】
 




「……もし間違っていたら、大変申し訳ないのですが」
「うん?」
「貴方は男性ですね」

確信を持って発せられたその言葉にキングは一瞬動きを止めたが、すぐにまた妖艶な笑みに戻って頷く。

「あらあ…、どうして分かったのかしら」
「男性と女性では骨格や筋肉の付き方が異なります。貴方は女性と見紛う美人ですが、手元の感じや首元にうっすらと見える喉仏、それに声の高さなどから、恐らく中性的な容姿の男性ではないかと推測しました」

外見だけなら絶世の美女に見えるこの黒髪の人物から、どこか性別不明な怪しさを感じていた。

それが上手く言語化出来ずに陸遜はモヤモヤしていたのだが、距離を詰めたことでいくつかのヒントを得て『彼女』ではなく『彼』だと確証を得たという訳だ。

「大した洞察力ね。お見事だわ。あたしが男だって気付く人間は滅多にいないし、大抵は最後まで騙されてくれるのに」

陸遜の説明に納得はしたものの、まさかこんなに短時間で正体を見破られるとは想定しておらず、キングは驚きを通り越して感心した。

この会話を傍で聞いているにも関わらず、周瑜や凌統も顔色一つ変えないのは、彼らもまたキングの性別を見抜いていたという事なのか、単にそれどころではない状態だから無視しているだけなのか。

「つまり、多くの者は、騙されたまま死んでいくと」
「ふふ…、そうよ。この世界で生きていく為には強さが必要なのは言うまでもなく、相手を騙す演技力も同じくらいに重要だもの」

事も無げに語るキングの言葉は、これまで様々な修羅場を潜り抜けてきたであろう闇社会の猛者達にとって、真理ともいえるものなのだろう。

そのような世界で長年生きてきた人間からすると、陸遜みたいな年若い少年はまるで赤子のように感じるのかもしれない。

「成程。理解しました」
「分かってくれたかしら。それじゃあ、その物騒な物を渡してもらえる?」
「そうして相手を油断させないと、到底勝てないから。貴方が女性を装うのは、自らの力量不足を恥じての事なんですね」

───弱いから。

何の遠慮もなくあっさりと言い放つ陸遜に、その場にいる誰もが一瞬息を止めた。

「うっへえ…。あの坊主、カワイイ顔してドギツイこと言いやがる。腹黒なのか!?」

両者のやり取りを耳にした銀狼は目を丸くして呟き、珠稀は無言のまま口角だけを僅かに上げて成り行きを眺めている。

一方、血の気が失せたのは黒服達であった。美しい容貌からは想像できない程の暴力性と狂気。キングという人物が内に秘める本性と恐ろしさは、闇社会に生息する者であれば知らない者はいない。

先刻、珠稀が告げた『てめえに好き放題やらせると、店が台無しになるんだよ』という話は決して誇張ではないのだ。

「……ねえ、坊や。あなたの中で、今まで生きてきて一番怒らせたら怖いと思ったのは誰?」

気持ち悪い程に、穏やかな声だった。

今日の夕飯にしようと凶器を手にして人が兎や鳥に近付く際、大丈夫、怖くないよ∞ちょっと痛いかもしれないけど、気にしないで≠ネどと邪気に満ちた笑顔で近付き、相手の恐怖心を和らげてから襲い掛かる時にも似た、偽りの猫撫で声。

「小さい頃の、お父様やお母様の記憶かしら。もしかして、そこの長髪とポニーテールのお兄さん達?城のお仲間?戦場で出会った敵武将、それとも孫堅様とやらかしら?」
「何故でしょうか」

愛用する飛燕剣の先端をキングの喉元に向けたまま、陸遜は彼の手元を盗み見た。

着物にも似たデザインの袖口から、何かが覗く。彼の手の中に隠すようにして握られている、数本の尖った針のような形状の物が。

「あたし、こう見えて物凄く嫉妬深い上に負けず嫌いなのよ。この世にあたしより上がいるなんて許せない。あなたが今頭に思い描いた人達は全部邪魔。だってその順位は、今からあたしが一位を頂くんだもの……」

峨嵋刺(がびし)だろうか。微かに鎖が擦れる音も袖の中から聞こえた気がした。分銅鎖、忍び鎌、色々なイメージが陸遜の脳裏に浮かび上がる。

……おそらく彼は暗器使いだ。

何にせよ、熟練者が使用すればどれも非常に殺傷能力の高い武器である事に違いはない。

「腸をぶちまけて死ね。クソガキ」

いつの間にか、キングの表情も声も一変していた。

剥き出しの犬歯に、爛々と輝く双眸。腹の底から響くような凄みのある低音の声は、最早女性ではない。

「親から貰った大事な身体もその綺麗な顔も、全部跡形もなくグチャグチャに切り刻んで、オレが血肉ごと食い散らかしてやるよ」

───真っ直ぐで、純粋な殺意。

口調も一人称も変わり、完全に本来の人格へと戻ったキングを前に、彼が今まで行ってきた凄惨な殺人シーンを思い出して黒服達の肌が粟立つ。

対する陸遜は平然としたままで、キングの変貌を気にする様子もなく、ソファーに腰かける彼をただ静かに見下ろす。

「いい響きですね。今からそうなるのはあなたの方なので、心構えをしておいてください」

ジリジリと燃え上がるような殺気と敵意を孕んだ眼差しが、互いの肌を焼いていく。

双方一歩も引かず、間合いを測るように睨み合う二人の姿を横目で捉え、五代目が周瑜に視線を戻す。

「獅子対虎か、鷲対鷹か、鯱対鮫か……。どいつもこいつも、簡単にはくたばりそうにない」

頂点捕食者の名前を並べ、珠稀は独りごちる。

「せっかく高い金を出して改装したばかりの部屋だっていうのに、血みどろの殺戮現場にされちゃたまらねえな。後片付けが面倒そうだし、店もしばらく営業停止だし。とんだ貧乏くじだぜ」

舌打ちをしながら嘆いてみせるものの、彼もまた武器を下ろす気配はない。戦闘の予感に享楽して唇の端を持ち上げる男は、依然双剣を構えたままである。

珠稀が握る柄の部分には赤や黒の彩色が施され、マフィアの象徴である血や暗黒を連想させた。

組織名のシンボルである黒い蜥蜴の体が柄に沿ってぐるりと巻き付き、刃を呑み込んでいるように見える装飾意匠が施されている。

蜥蜴の眼には小さな赤い宝石が嵌めこまれており、今にも男の手を這い上がって動き出しそうな躍動感に満ちていた。

黒蜥蜴のボスの間で代々受け継がれている武器なのか、それとも彼が腕の立つ鍛冶屋に直接注文して独自に造らせた物なのか。

どちらにせよ、一目見ただけでかなりの業物だという事が分かる。トップが持つ武器としては相応しい。

「この面子の中では、多分あんたが代表だろう?周瑜提督」
「立場的にはそうなるな。そういう君も、五代目というからにはそちらの三人の中で一番上だと思うが」

周瑜はあくまで余裕の態度を保ちつつ、仲間と対立する銀狼とキングの姿をちらりと確認した。

「俺が一番ってわけじゃねえのさ……」
「……!?」
「俺よりずっと先輩にあたる人間もそこにはいるが、まあ、ここは俺の店だしな。店の主が俺である以上、この場においては一応俺が代表ってことになる」

周瑜に視線を合わせたまま、珠稀は意味深な回答を述べる。

闇組織の人間達は絶対的な実力主義であり、なおかつ貴族顔負けとも言える筋金入りの階級社会だ。

これで確定した。五代目の口からこんな台詞が出ると言うことは、残りの二名は確実に黒蜥蜴の人間ではない。おそらくは他組織の人間で、それに加えて相当な実力者である事は間違いないだろう。

極論、ボスクラスの可能性も有り得る。

(よりによって、この展開とは)

そんな連中が雁首揃えて、三人も集結しているのであれば、いくら自分達も武将クラスとはいえ、かなり面倒な事になる。

周瑜は思案した。もしそうだとしたらかなり危機的な状況であり、最悪の組み合わせと言えよう。

───この局面、どう動くべきか。

「俺は戦闘が長引くのは好きじゃないし、他人に店を汚されるのも好きじゃない。大人数で無駄に消耗し合うより、頭の首を獲るのが一番合理的で手っ取り早いと思うけど……あんたもそう思うだろう?」

珠稀の問いに周瑜は思考を巡らせるが、判断を下すには確証がない上に時間もなかった。

最早考えている暇すらない。このまま黙っていれば、数秒と待たずに本当の流血沙汰になる。

「大将同士、さっさと終わらせちまおうや!」

それは獣の咆哮だった。

珠稀の叫びを戦闘開始の号令とし、マフィアの頭領達と武将達がほぼ同時に攻撃態勢へと転じる。

その速さたるや、常人の目では勿論のこと、戦闘に慣れている黒服達ですら到底追い切れない程の俊敏さと勢いがあった。


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