三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldX《前編》】
 




「あんた…、本当にいい加減にしろよ」

普段、感情を露わにする事を厭う凌統だが、この時ばかりは苛立ちを隠さなかった。

「さっきから、あんたの言動は不愉快極まりないんだよ。ふざけるのも大概に───」

凌統の言葉が、途中で止まる。

否、止められた。凌統の隣に立った周瑜によって。

周瑜は凌統の肩に手を置き、そのまま横に軽く押した。よろめいた凌統が、怪訝そうな表情で周瑜を見つめる。

「凌統。少し下がっていろ」

地を這うような低い声。

有無を言わさぬ口調で言われ、凌統は指示通りに後退する。

───まずいことになった。

周瑜が纏う気配がガラリと変化した事に気付き、凌統と陸遜の背筋に冷たい物が走った。

しかし、当の珠稀はそのやり取りを見てますます笑みを深くする。

「もしかして、怒ってる?」
「当たり前だ」

間髪入れずに返した周瑜の表情は険しい。

普段から冷静沈着な彼がここまで怒りを露にするというのは非常に珍しい事だった。

呉軍の中でも最強クラスの武人である周瑜は、普段は温厚な男だ。

彼の実力を知る者は、戦場での姿と普段の穏やかな彼のギャップにまず驚く。

誰もが思い描く周瑜の印象は温和で物静かな青年といったものになるのだが、その実は違う。戦場において、彼は誰よりも冷酷で容赦のない一面を見せる。

その恐ろしさは味方であるはずの凌統達ですら時折ゾッとするほどだ。正直、マフィア以上だとすら思えるくらいに。

「先程も告げたように、私は君という人間に対して、名無しや我が国の為に貴重な情報提供や力添えをしてくれた件では非常に感謝している」

目の前の男に対する謝辞とは裏腹に、周瑜の美しい顔がみるみる強ばっていく。

「別にあんたらの為じゃないけどねえ…」
「名無しはもう立派な大人だし、決して愚かな女性ではない。私とて、彼女の交友関係に一々口を挟むような無粋な真似はしたくないし、するつもりもない。……だが」

一度言葉を切り、真っ直ぐに珠稀を見る。その視線には殺気が含まれていた。

「それはあくまでも平時の話。悪意を持って彼女に近付き、傷付ける者が現れたなら話は別だ」

淡々と告げる声は抑揚がなく、逆にそれが恐ろしい。珠稀は表情を変えず、黙って男の話に耳を傾けている。

「私が城内で目にする名無しの執務姿は、とても真面目な努力家だ。身分の低い者にも分け隔てなく優しく、戦場では仲間を救う為に何の躊躇いもなく身を投げ出す。そんな彼女を私は一人の友人として誇りに思っているし、同時に大事な仲間でもある」
「……へえ」
「たとえ名無しが君の悪しき誘惑に屈したのだとしても、彼女自身にも悪党に付け入られる隙があったのだとしても。友人が軽薄な男に弄ばれ、その結果不幸になるのをみすみす見過ごす訳にはいかない」

周瑜は一度目を伏せると、再びゆっくりと目を開く。その眼差しに宿るのは、誰が見ても分かる程の明確な敵意。

「君が我々にとって害のある人物ならば、ここで排除させてもらう」
「じゃあ、どうする?俺を殺す?」

珠稀が言い終えるや否や、訪問者は一斉に武器を取り出した。素早く剣を構える周瑜を筆頭に、凌統や陸遜もそれぞれの得物を相手に向ける。

ほぼ同時に、闇組織側の勢力もまた己の正面に存在する人間に凶器の切っ先を突き付けていた。

珠稀は周瑜に、銀狼は凌統に、キングは陸遜に。黒服達も再び武器を手にして戦闘態勢に入り、場は一気に緊迫した空気に包まれる。

「……向けやがったな。よりによってこの店の中で、この俺に、武器を」

珠稀が不敵に笑った瞬間、それまで余裕を見せていた彼の瞳に暗く鋭い光が宿った。

ここは黒蜥蜴が支配する地下組織。敵地であるこの場所で、店の主に宣戦布告とも取れる言葉を叩きつけ、あまつさえ武器を向けたのだ。それに応じる形で、珠稀側も皆得物を手にしている。

周瑜達の本心がどうであれ、彼等から見れば完全なる敵対行為に他ならない。

「私の個人的感情は別にして、それでも己の立場上、こちらの縄張りから排除するべき者がある。犯罪に手を染める者。我が国と敵対する者。身内に害を与える者。他者の命を何とも思わない者。偽りばかり告げる者。改心させる余地がないくらい、悪辣で不実な者。そういった輩を野放しにする訳にはいかんのでな」
「嬉しいね。グランドスラムだ」

男が列挙した条件を完全制覇し、六冠達成の意味を皮肉たっぷりに返す珠稀の声は、残忍な気配を含んでいた。

そして、険悪な雰囲気に包まれているのはこの二人だけではない。

「両節棍か…。随分玄人向けの獲物を持っているじゃねえか。だが、お前さんみたいな若造に使いこなせるのかね?」
「……ご心配どうも」

銀狼の挑発を軽く受け流し、凌統は右手に握った両節棍を器用に回転させて構え直す。

双棍がそれぞれ鎖で繋がれているこの武器は扱いが非常に複雑で難しく、習熟にかなりの時間を要するが、熟達すると攻防一体かつ変幻自在な最強の武器となる。

三つの棍からなる三節棍を含め、凌統は多節棍を幼少期から自在に操れるよう鍛錬を積んできた為、今では達人クラスの使い手になっていた。

「先に言っておくが、手加減はしないぜ?こっちも命懸けなんでな」

数分前まで葉巻を燻らせていた銀狼は今、その身に纏う雰囲気を変え、冷酷無比な殺人者の顔になっている。

男の大きな手に握られているのは刃渡りの長い鋸歯刀───刃が緩やかに湾曲した刀剣だ。

銀色に輝く鋭利な刃の部分は鋸状になっており、そのギザギザの刃は肉を斬るというよりも削ぎ落とす事に特化した形状をしている。

そんな凶悪な刃物を手にした男が眼光鋭く睨み付けてくる様は、まさに鬼神か悪鬼の如き迫力だった。

「あんたも随分おっかない物を持っているねえ」
「なに、気にしなさんな。なるべく苦しまなくて済むように、一思いにやってやるからよ」

冗談とも本気ともつかない言葉を返しながら、銀狼は右手の人差し指をクイッと曲げて相手を挑発する。

「そいつはありがたいこった」

凌統は薄く笑い、腰を低く落として構えに入った。

「とはいえ、俺もそう簡単に殺られるつもりはないっての。お互い恨みっこ無しってことで」

凌統の本能が激しく警鐘を鳴らす。この男は危険だと。

腕に十分覚えのある凌統ではあるが、全くの初対面の上にマフィアの上層部と予測される相手である。

こちらより20ほど年上に見えるものの、まだまだ男盛りの年齢。呉軍にも黄忠という老いてますます盛んな歴戦の猛将が存在する以上、油断は禁物だ。

事前情報がなく、未知の敵である以上、用心するに越したことはない。

「坊や、大丈夫?刃物なんて持っていると危ないわよぉ。悪い事は言わないわ。怪我しちゃうと大変だから、お姉さんに渡してちょうだい。いい子だから、ねっ?」

この場にそぐわない甘ったるい声が響き、今までとはまた微妙に違った緊張感が応接室に漂う。

陸遜の面前には、まるで幼い子供に語りかけるような口調で手を差し伸べる黒髪女性の姿があった。

長い睫毛に縁取られた大きな瞳には目尻に赤いアイラインが跳ねていて、同じく赤い紅を引いた艶やかな唇と、ほのかに立ち昇る香水の匂いがどことなく蠱惑的な印象を与えている。

このような女性が、何故この場にいるのか。

全く持って似つかわしくない存在に感じられ、初めて見た時から陸遜はそんな疑問を抱いたが、ここにきてやっとその違和感の正体が判明した。


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