三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldX《前編》】
 




「話はこれで終わりか?だったらとっとと帰ってくれよ。俺は今、店内の模様替えその他諸々で忙しいんでね」
「最後に一つ」

周瑜が一歩前へ進み出ると、珠稀は面倒臭そうに片眉を上げる。

「君は何故、名無しに協力してくれたのだ」

周瑜の質問に、珠稀の面持ちが変わった。

だがそれは一瞬のことで、すぐにまた元の飄々とした表情に戻る。

「それを聞いてどうするんだよ」
「単なる好奇心だ。甘寧なら分かる。今の組織で五代目を襲名する以前から、君と元々旧知の仲だったという話なのだからな。けれども名無しは違う。我々が把握している限り、君達が出会ったのは例の『赤龍事件』の少し前で、それ以前の繋がりはない」
「……。」
「その上、彼女はこちら側だ。マフィアとは無縁で、君の嫌いな政府の人間でもある。そんな人間にどうして力を貸す気になったのか、単純に興味があるのだ」

そう言って目を眇める周瑜に対し、珠稀はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。

そして少し考えるような素振りを見せた後、口を開く。

「まあ、そうだな……。強いて言えば……甘寧の知り合いだからだよ。ダチのお仲間なら、多少は便宜を図ってやる義理くらいあるだろ?」

嘘つけ、と。喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

この男に限って、そんな程度の理由で一度ならず二度までも、赤の他人の頼み事など聞いてやるものか。

ならば他に理由がある筈だと、その心の内を探るように周瑜はじっと見据える。

「何だよ、まだ何かあるって顔だな」
「……。」
「何?それとも、俺があの子に興味を持つかもしれないって心配してんの?」

からかうような口調でそう言われた直後、周瑜の目が微かに見開かれた。

「はーん……そういうことね」

薄々感づいてはいたものの、この流れで把握した。役人達がわざわざ直接来た理由について。

つまり彼らは、いくら貴重な情報協力者とはいえ闇組織の人間が身内と接触するのを良しとしていない。

元々知人だった甘寧はまだ仕方がないとして、名無しが悪い男にいいように操られ、搾取されていないかどうか、そして問題の男がどのような人物なのか見定める。

それもここにやってきた大きな目的の一つだったということだ。

「ふっ…ははっ…、あははははっ!」

堪えきれないというように突然笑い出した珠稀を、陸遜が不可解そうに見る。

「何がおかしいのですか」
「いや、だって…どこまで話を聞いているのかと思ったけど、俺達の事を全然知らないんだなと思ってさ」

ひとしきり笑った後、珠稀はどこか冷めた目で彼を見つめた。

その視線を受け、一層訝しむ陸遜に、男はまるで哀れむような表情で告げる。

「残念だけどもう手遅れなんだよなあ。興味を持つどころか、俺とあの子はあんた達が想像する以上にとーっても仲良しこよしなんだもん。とっくの昔にイチャイチャストロベリーな関係だからね?」
「……っ!?」

ぎょっとしたように目を見開く陸遜と同様に、周瑜と凌統も驚愕の表情を見せた。

特に陸遜に関しては、あまりの衝撃に言葉が出てこないようだった。

そんな三人を前にした珠稀は実に楽しいのか、再度声を上げて笑い続ける。

「あっははは!超ウケる〜!面白い反応だねぇ。もしかして、俺の口からそんな事言われるなんて思ってもみなかった?」
「……それはどういう意味ですか」

どうにか落ち着きを取り戻したらしい陸遜が、普段以上に低い声で問いかける。

対する珠稀は相変わらずニヤニヤしたままだ。

「だから、イチャイチャストロベリってるって言っただろ。どうもこうも、そのままの意味だけど。言わせんなよ恥ずかしい」
「ふざけた事を言わないでください」

ぴしゃりと言い放つ陸遜の表情は険しい。だがそれを気にする様子もなく、珠稀は再びにやりと笑ってみせた。

「それとも何?もっと具体的に言ってほしいって?例えばキスとかそれ以上とかそういう生々しい表現がいいわけ?それならそれで丁寧に教えてあげるけど」
「結構です。そもそも、そのような話を私達が真に受けると思うのですか」
「そりゃ信じないだろうねえ。俺だって本当は言いたくなかったし。でも、しょうがないんだよねえ。俺と名無しちゃんは相思相愛の関係なんだし」
「……名無し、ちゃん……?」

何なんだ。その軟派な呼び方は。仮にも軍の上層部で執務に当たる女性に対し、馴れ馴れしいにも程がある。

随分と親しげな雰囲気を匂わせる珠稀の話に、今度は陸遜だけでなく、凌統も開いた口が塞がらない。

「そうだよ。名無しちゃんって呼んでんの。可愛いでしょ?こんなに親密なんだから俺としては呼び捨てでも構わないんだけど、そこはほら、紳士的というかなんというか……」
「待て。ちょっと待て」

額に手を当てながら話を遮ったのは周瑜だった。

さすがに聞き捨てならないとばかりに、鋭い視線を珠稀に向ける。

「一つ確認したいのだが……、君達の関係は、所謂男女の仲というやつか?」
「さあね。どうだと思う?」

俺の口からは言いにくいなあ〜、などとはぐらかす男の唇から、発達した犬歯がちらりと覗く。

許可書について周瑜達と会話していた時の好感が持てる青年像からは一変して、今は底意地の悪い笑みを湛えている。

彼の顔の作り自体はどこまでも美しいが、それがかえって禍々しさを倍増させ、地底から這い上がってきた悪魔のような邪悪さに満ちていた。

「やだわぁ…。久々に見たわ、旦那のゲス顔」
「おうよ。俺も数か月ぶりに見るが、こういう時の珠坊は相変わらず活き活きしてんな」
「旦那って、黙っていれば神々しさすら感じさせる外見なのに、中身はほんっとうに最低最悪で救いようがないキングオブクズかつ下衆の極みよねえ」

キングと銀狼は周囲に聞こえないように声量を絞り、口々に感想を述べて頷き合う。

何をすれば、どんな台詞を吐けば一番効果的に相手の神経を逆撫でできるのか。

他者の心を読み取り、最も相手が嫌がるであろう部分をピンポイントで狙い撃ちする珠稀の手腕は見事なものだ。まさに外道。

人間の本質は怒った時に現れるという言葉も存在するし、わざと挑発して相手の出方を伺うというのは闇の世界で生き抜くテクニックの一つでもあるのだが、彼の場合はそういった遠回しなものとは違う気がした。

恐らく、この男はただ単に性格が悪いだけなのだろう。

「……君は、一体何がしたいのだ」
「ん?」

怒りを押し殺したように低い周瑜の声に、男は平然と答える。

「君がどういう意図を持ってそんな事を言っているのか、我々にはにはさっぱり分からない。まさかとは思うが、我々のことを試しているのか?」
「あ、ばれた?」

けらけらと笑いながらあっさり認めた男の態度に、場の緊張感は最高潮に達した。

「試すも何も、事実なんだけど。それはそうとして、俺と名無しちゃんが甘〜いオトナの関係だったら、あんたらの目にはどう映るのかなあってちょっとした好奇心だよ」

この空気の中で、さらにトドメのようなこの発言。

あまりにも男の口調が軽すぎて、どこまでが真実で、どこからが嘘なのか、全く持って検討が付かない。

こいつのペースに乗せられたら負けだ。分かっているのに、どうしても抑えられない感情が胸の内に湧き上がる。


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