三國/創作:V 【Under WorldX《前編》】 彼の目から見る限り、黒髪に対する五代目の態度はならず者特有の口の悪さという訳ではなく、かといって気心の知れた間柄の相手に対する軽口という訳でもなく、純粋に彼女という存在を忌み嫌っているように見受けられる。 そもそもヤクザやチンピラが皆仲が良いなんて有り得ないし、そういった意味では別に珍しくはないのかもしれないが、どうやらこの二人は性格的に合わないらしい。 (…どうするか) いつでも反応出来るように陸遜がそっと腰元の短剣に手をかけた刹那、珠稀の部下が素早く武器を取り出し、彼の背後から襲いかかった。 「!」 攻撃を察知した陸遜はすぐに身を翻すと、振り下ろされる刃を避けつつ相手の手首に狙いを定め、剣の柄で強かに打ち据える。 「ぐあっ……!」 その一撃で武器を取り落とした男は苦痛に顔を歪めたが、すかさず陸遜は追撃を放つ。相手が体勢を立て直す前に、その脇腹へ回し蹴りを叩き込む。 鈍い音と共に仲間が崩れ落ちると、残りの黒服達は一斉に武器を抜いた。 それを目にした周瑜と凌統も反射的に応戦しようと武器に手を伸ばした瞬間、突然の怒号が部屋中に響き渡る。 「やめねえか!!」 声の主は珠稀だった。 ビリビリと鼓膜を震わせるような一喝を受け、黒服達が瞬時に動きを止める。 「たった三人で来ているんだろうが。それに対してうちはこれだけの人数で囲んで、袋叩きにしようってか?……俺に恥をかかせるんじゃねえ」 苛立ちを含んだ声音には、思わず背筋が凍り付くような威圧感があった。 決して逆らう事を許さない、絶対的な支配者の風格。珠稀の一言により、場は一瞬にして静寂に包まれる。 「…申し訳ございません、旦那様…」 陸遜の強烈な蹴りを食らった部下の男は緩慢な動作で立ち上がり、口元から流れる胃液混じりの唾液を手で拭いつつ謝罪の言葉を口にする。 その態度からは戦意が完全に消えており、彼だけではなく、その場にいた黒服全員が武器を下ろす。 「やれやれ…。主人への忠誠心が高いってのは実にいい事だが、若い奴らは血の気が多くていけねえ。うちの奴等は揃いも揃って短気な野郎ばっかりだ」 銀狼は両手を大きく広げてみせると、陸遜の方に向き直る。 「大丈夫か坊主。怪我はなかったか?」 完全に子ども扱いされている呼び方に、反論したい気がした。 だが、見た目からしても銀髪の男は陸遜の父親でもおかしくない年齢に思える。坊主呼びも、仕方がないと言えばそうだろう。 「ええ。お気遣いなく」 陸遜はやや不愉快そうに眉を寄せたが、すぐに冷静さを取り戻し、礼儀正しく答える。 隣で凌統が口を押さえながら含み笑いしている気配を察したが、この失礼な男は無視しておく事にした。 「さて、話を戻すが」 再び全員の意識が自分に集中した事を確認して、珠稀が口を開く。 「俺を訪ねてきた本当の用件ってやつを、そろそろ聞かせて貰おうか。とはいえ、大体察しはついているけどな。俺と甘寧の関わりのことか。会話の内容か。名無しって女のことか?」 「有り体に言えば、全部だ」 「だろうな」 周瑜の答えに、珠稀はさして驚いた様子もなく頷く。 「知り合いなのか」 「知らないって言えば信じるのか?違うだろう。ネタが割れているからわざわざここへ来たんだろうに」 「まあな」 「やっぱりそうか。俺はお上なんて大嫌いだから、関わるのは絶対に嫌だってあれだけ言い聞かせておいたのに、あの野郎、とうとう俺の事までバラしやがったのか?……それとも女の方か」 珠稀の表情に僅かに苦いものが混じる。 舌打ちして不満そうに顔を歪めるが、本気で怒っている訳ではないらしい。 「悪いがそれは仕方ない。我々の仕事上、任務でもない場所を頻繁に訪れるのに理由を明かさないのは無理があるからな。隠れて敵国の人間と通じていると疑いをかけられるのが不本意ならば、己の行動と情報提供者の存在を上に報告する義務がある。その辺りは、君達の世界でも一緒だろう?」 「それ以上さ。俺が同じ立場だったら、あんた達の情報をもっと詳しく聞き出すために金で密告者を募ったり、城の中に自分の部下を紛れ込ませるくらいはするだろうよ」 攫ってきた女官を強姦でもするか、薬漬けにして強引に吐かせたりとかな、などと、さらりと物騒な事を言う。 実際、彼らの世界ではそういう事が当たり前に行われている。 「甘寧とは水賊時代から交流があったと聞いているが、名無しとは最近の付き合いだそうだな。頻繁に会っているのか」 「そんなもの、本人に聞きなよ」 「勿論本人からも話を聞いている上で、整合性を確認する為に君にも尋ねている」 「整合性ねえ」 珠稀は鼻で笑い、右手で髪をかき上げた。 鮮やかな赤い髪が揺れる様に一瞬目を奪われるが、周瑜はすぐに我に返ると、彼の返答を黙って待つ。 「どの部分まで話しているのか知らないけど、甘寧は月に1,2回は店に遊びに来ているかな。昔はもっと多い時もあったけど。女の方はたまに顔を出す程度だな。特に決まった周期はない」 「頻度としてはどれくらいだ?」 「さあね。用があれば3日連続で来る事もあるし、2ヶ月くらい来ない時も普通にあるから」 どうやら昔馴染みの甘寧は今でも定期的に交流があるが、名無しに関しては不定期なようだ。 「用というのは、彼女の業務に関連した情報交換のことか」 「だから、俺に聞かないで直接名無し様とやらに聞けってば」 「軽くは耳にしている。君が彼女に協力してくれたおかげで解決できた事件がいくつかあるのだとな。特に『赤龍事件』の時と『ユートピア』に関する助力については、我々としても心底感謝しているくらいだ」 「はぁ…、それ、あの子が言ったの?どうせ余計なお節介をしたんだろうな。俺のおかげだから、どうか黒蜥蜴とその五代目には手を出すなって」 「そうだ」 「……本当に馬鹿だよなぁ」 珠稀はうんざりしたように深い溜め息を吐く。 「確かにあの時は助けたけどさ、あんなのただの気まぐれだよ。マフィアと役人っていうのは持ちつ持たれつみたいなもので、あんたらも俺達も、お互い利用価値があるから一緒に仕事をしているだけだ。それなのに未だにしつこく恩を感じられているっていうのは、はっきり言って迷惑」 「しかし、君の行いによって救われた命があるのは事実だ。その行為を無関係だと言い切るのは難しいだろう」 「そうかもね。でも別に、俺には関係ない。うちのシマが荒らされたら見過ごす訳にはいかないから、仕方なく対処しただけだ。それ以上の事はしていない」 「それでも君のおかげで助かった人間がいる以上、我々としては君やこちらの団体に礼を述べる必要がある」 「しつこいな。そういう言い方をされると余計に鬱陶しいんだけど」 「二件の功労者として、一応、国庫からそれなりの謝礼を用意したのだが…」 周瑜は懐に手を入れ、白い紙に包まれた塊を取り出す。 中に紙幣が入っているのだとしたら、包みの厚さから考えて、かなりの金額になるだろう。 それを見ても珠稀は顔色一つ変えず、興味なさそうに一瞥する。 「そういうの、いらないから」 「だが、それでは我々の気が済まない」 「ほんと、役人って奴は人の話を聞かねえな。そんなものを貰ったら増々面倒臭くなる。俺はこれ以上お上と面倒な関わりは持ちたくないし、どんな形であれ借りを作るのはごめんだね」 「……そうか」 苛立ち交じりに語気を強める珠稀に周瑜は素直に引き下がり、取り出した物を再び懐にしまう。 男の顔付きや言動から推察するに、おそらくこれは演技ではなく本心からの拒否なのだろう。 国からの謝礼と告げられて心底不愉快そうにする辺り、本気で政府関係者が嫌いらしい。 [TOP] ×
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