三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldX《前編》】
 




「ええと…、不躾な質問を返すようで申し訳ありませんが、全て…とはどのような」
「言葉通りの意味ですよ」
「どんなことでも?」
「お望みとあれば、全て」

そう言って、珠稀は意味ありげに笑う。

「へえ、そりゃ嬉しいね」

黙り込む陸遜の代わりに、凌統がほくそ笑む。

「でも、それって大丈夫なのかなあ。俺が望めばその子達とヤれちゃうって事になるでしょ。そうなると売春防止法に違反する行為になっちゃう訳だけど、おかしくないかい?」

この国では、売春防止法によって売春を行う恐れのある女子に対する補導処分及び保護更正の措置を講ずるとともに、売春・買春行為を斡旋する行為をした場合や、場所を提供した場合は逮捕される。

それにも関わらず、役人を前にしてそういった行為を連想させる発言を堂々とされてしまっては、捨て置く訳にはいかない。

そんな意図を込めて凌統は尋ねているのだが、その事を理解した上で珠稀はわざとらしく首を傾げ、困ったような表情を浮かべる。

「えーっと…。俺の認識が間違いではないとすれば、売春、というのは本番行為を行う事であり、本番というのは『一般に挿入を伴う性交のこと』を指す言葉だと思うんですけど…」

風俗店で提供されている性的サービスには手淫や口淫など色々な種類があるが、それらは『擬似セックス』と呼ばれる挿入を伴わないサービスが基本であり、本番行為は含まない。

つまり、うちでやっているのはあくまでも本番前の行為までですよ、というのが店側の建前となる訳だ。

「よってうちも法律順守。本番行為は禁止となっておりますし、女の子から救いを求める呼び鈴が鳴れば直ちに店の者が室内に入って行為の中断を求め、ご納得頂けないお客様には罰金の上強制退館して頂く流れになりますが、お互いに合意の上での行為の例もありますよね?」
「……。」
「たまたま¥翌フ子に癒されに来たお客様と、女の子双方が好意を抱き、男女の恋愛関係に発展したため、たまたま℃揩チていた避妊具や潤滑剤を使ってたまたま$ォ行為に及んでしまった。こういう場合は、売春ではなくあくまでも恋人同士の行為ということで、違法行為に問うのは難しいのではないかと思いますが」

そう。売春防止法というれっきとした法律がありながら、巷では数多くの風俗店が乱立し、多くの男性客達がそこで欲望を満たす事が出来る謎の答えがそこにある。

ソープはあくまでも『個室付きの風呂場』という場所を客に提供しているだけであり、その後の本番行為は、客と女性の間だけの個人的な行為なので店は一切関与していない、というのが、ソープが違法にならないからくりだ。

こんな事はあくまでも詭弁であり、ただの苦しい言い訳に過ぎないのであるが、人々の欲望までは取り締まれない。

他の国が『禁酒法』を定めてアルコール類の製造・販売・輸送を全面的に禁止した結果、人々は摘発を恐れて家で隠れて飲むようになり、暴力的な犯罪の増加や、密造酒を扱うマフィアの台頭を招いたという例があった。

それなので、売春も下手に全てを規制して、そうした行為が警察の目の届かない地下で行われるよりは、きちんと届を出した店舗内だけで行われている方が、むしろ安心で健全さが保てるという考え方もある。

そこまでして男という生物はセックス無しでは我慢できないのか、若くて可愛い女の子であれば、そこまでして性行為をしたいと思うのか?という話は一旦横に置いておいて、珠稀の主張はまさにそういった世の中の矛盾や人々の醜い欲望を映し出している。

「そんなに都合よく嬢と客が恋愛関係になるもんか、って言いたいんだろうが、世の中には一目惚れって便利な言葉もあるからなあ。特にお前さんたちみたいな美形揃いが相手とくれば、嬢だって仕事抜きで抱かれたくなっちまうのもおかしくはない」

珠稀の説明を補足する形で、銀狼が続ける。

「男女が同じ部屋で過ごして、恋愛感情を持つ事自体は止められない。そんな個人の問題にまで法が口を出すのは野暮ってもんだ。そうだろう?イケメンのお役人さん達よ」

上手いことまとめてきやがったな、と凌統は内心舌打ちする。

さすがは悪人どもの集まりだ。法の目をかいくぐるのに必要な知識や、黒を白と言い含めるのは造作もないということか。

「……そういう考え方もありますね」

これ以上反論しても泥沼化するだけだと判断した陸遜は、渋々ではあるが同意する。

「お分かり頂けて何よりです。どの子にしましょう。ご希望のタイプはありますか?」

改めて尋ねる珠稀に陸遜は目を伏せ、首を横に振った。

「結構です。今は仕事中ですし、今回は許可証の確認ということで、こちらにお邪魔しただけですので」
「そうですか、それは大変残念です。お好みの子がいましたら、いつでも声をかけて下さいね」

お手本のように見事な営業スマイルを浮かべ、いかにも残念そうな口調で珠稀が応じる。

和やかな雰囲気は、そこまでだった。

「───で、本題は?」

穏健な声音から一転、急に険を帯びた低い声で、珠稀が呟く。

彼の声を合図として周囲に控えていた黒服達が一斉に動き出し、訓練されたように統率の取れた動作で周瑜達を取り囲む。

その隙の無い身のこなしと、洗練された無駄のない所作は、単なるチンピラやゴロツキ集団などではない。

明らかに戦闘経験を積んだプロの動きだ。

「これはまた……穏やかではないな」

周瑜はあえて平静な声音で呟き、周囲の敵を見回す。数はざっと見たところ、15人〜20人程だろうか。

凌統、陸遜の両名もまた武器を構えこそしないものの、それぞれ臨戦態勢に入る。

犯罪者の巣窟に少人数で乗り込んだのだ。こうなる事は、ある意味予想済みの展開ではあった。

油断なく身構える彼らに対し、珠稀はゆったりと構えたまま、薄い唇に酷薄な笑みを宿す。

「こっちの正体はとっくにご存じなんだろう。部下だけでなくこの俺自身まで呼び付けておいて、たかが書類の確認だけなんて茶番過ぎるにも程があるぜ。用件は何なんだ?」

客人に告げる声量こそ普通だが、その言葉は明らかに高圧的だ。

もはや丁寧な言葉遣いを取り繕うつもりはないらしい。

「あらあら…、もうお遊びは終わりなのかしら。旦那、あたしの応援いる?」
「いらねえ」

緊張感漂う空気の中、美しく手入れされたネイルの仕上がりを確かめるようにうっとりと己の爪先を見ながら話すキングに対し、吐き捨てるように珠稀が言う。

先程までとは打って変わった二人の冷たい眼差しに、一気に室内の温度が下がったような気がした。

そういえば、この黒髪の美女と彼等よりも年配の銀髪男性は、自分達がこの応接室に入ってきた時からずっと五代目の前でタメ口を利いていた。

もし彼らが五代目の部下であるのなら、絶対にそんな無礼な真似をするはずがない。

と、いう事は、彼らは黒蜥蜴ファミリーの一員ではないのか。我々のようにたまたま同じタイミングで彼を訪ねてきたゲストなのか?

「そうよね、あたしは旦那の戦うところを見るのが好きだけど、旦那はあたしに戦わせるのは好きじゃないものね」

くすくすと笑うキングに、うんざりしたように顔を顰める珠稀を見て、周瑜は今更ながらの違和感を覚えた。


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