三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldX《前編》】
 




「今日は実に良い日だ。まさかうちのような店に、これほどの大物がお越しくださるとは夢にも思いませんでした」

珠稀は恭しく拱手の礼を取り、周瑜達に向かって一礼する。

「申し遅れました。俺がこの店の主、黒蜥蜴の五代目です。お名前を頂き大変恐縮ですが、我々の世界では固有名詞を名乗る文化がありませんので、俺の事もそのまま五代目とお呼び下さい」

───五代目。この男が。

(……噂通りの美形だな)

周瑜達は改めて目の前の人物をまじまじと見つめた。

呉国内でも最大規模に匹敵する組織のボスというには、想像していた以上に若い。どう見ても二十代、大目に見積もってもせいぜい二十代後半といったところか。

これがもし、街で偶然出会ったとか、すれ違っただけの関係なら『たまたま見かけた超美形』というだけの感想だっただろう。

だが彼は闇組織のトップだ。ただのイケメンで済むはずがない。

事実、大きく開いた胸元から覗く黒いトライバル模様の入れ墨と、腰に巻かれた太めの革ベルトに幾つもの武器がぶら下げられている様は、男が決して堅気の人間ではない事を物語っている。

例えどんなに見目麗しい容姿をしていようと、この男はマフィアのボスであり、人の命など何とも思っていない冷血漢。その美しい顔と洗練された衣装を幾度となく返り血で染めた大量殺人犯なのだ。

その事実を、決して忘れてはいけない。

「承知した。突然の訪問にも関わらず快く迎えてくれて感謝する」
「いえいえ、そんな。皆様方のような御方をおもてなしできる機会など滅多にないので、俺としても大変光栄ですよ」

周瑜の礼に対し、珠稀はにこやかに笑って答える。

パッと見は人当たりの良い好青年に見えるのだが、やはりどこか得体のしれない不気味さが漂っている気がした。

「そろそろ本題に入らせて頂こう。いくつか尋ねたい事があるのだが、構わないだろうか」
「勿論ですとも。俺に答えられる事であれば何なりと」
「ありがとう。では、まず一つめだ。すでに聞いているとは思うが、我々は防犯や美観を目的に、風俗営業と賭博営業の許可証の確認の為にこの辺り一帯を見回っている。ついては、この店の許可証を見せて貰いたい」
「ええ、ご自由に。書類に関しては、すでにご用意してあります」

そう言って、珠稀は壁際に控えていた部下に目配せをする。

部下は心得たように頷くと、懐から数枚の紙を取り出し、それを周瑜達の前に差し出した。

「拝見します」

周瑜の代理として進み出た陸遜は許可証を手に取り、内容を確認する。

見落としのないように、隅々まで余すところなく目を通す。

そこには店の名前・住所・各店舗の責任者名だけではなく、添付資料として従業員全員の名前、店舗の設備等まで過不足なく記載されている。

どうやら国の機関が発行した本物の許可証で、偽造されたものではないようだ。

「どうだ、陸遜」
「……はい。問題ありませんね。特に不備はありません」

念のためにと確認を取った周瑜の問いに、陸遜はしっかりと頷いてみせる。

それを見て、今度は凌統が口を開いた。

「それじゃ次は俺から質問させて貰おうかな」
「どうぞ」
「この部屋に来るまでに何人かの女の子達と廊下ですれ違ったんだけど、どの子もめちゃくちゃ可愛かったんだよねえ。しかも全員若くて顔が良いだけじゃなく、美味しそうでたまらない体付きときたもんだ。もしかしてあの子達は皆この店の風俗嬢だったりするのかな。どうやってあんな上玉ばかりを見つけてくるんだい?」

興味津々といった様子で尋ねる凌統の言葉に、珠稀は少々間を置いてから言葉を紡ぐ。

「うちは風俗誌に頻繁に広告を出していましてね。その宣伝効果もあって、有難いことに多くの応募を頂いております。他の店からの引き抜きや、すでに働いている嬢たちからの推薦、街で直接声をかけたりなんかもしていますけど」
「へえ、そうなんだ。ちなみに、どういう基準で選んでるの?やっぱり見た目重視で?」
「確かに外見も大事ですが、それと同じくらい内面も重要視しています。うちの子達はみんな良い子達ばかりでしてね。どんな仕事でも真面目にこなしますし、お客様へのサービス精神も旺盛なんです。それに、お客様のご要望に合わせて様々なタイプの子を揃えるのも俺の役目ですから、できるだけ幅広く人材を確保しているんですよ」

珠稀の説明を聞きながら、凌統はなるほどと相槌を打つ。

「ふーん。でもさ、それだけの幅広い人材とやらを集めるのって大変じゃないかい」
「まあ、そうですが」
「本当に、自主的に応募した子や志願者だけなのかな。多額の借金で首が回らなくなった子とか、ホストに指示してツケを溜めさせた子をソープに沈めたりとか、可愛い子を攫ってきたりとか、薬漬けにしたりとか、親兄弟を人質にしたりとか、そういう事は一切していない?」

それまで穏やかな口調で話していた珠稀だったが、最後の台詞を聞いた瞬間、それまでの笑顔が嘘のようにスッと真顔になる。

そういう事か。

従業員集めという名目の違法行為をしていないか、とこのタレ目の色男は勘ぐっている訳だ。そしてあわよくば摘発してやろうという魂胆なのだろう。

だが、そんな見え透いた挑発に乗ってやる義理などない。

「いやだなあ。俺が、そんな事をするような人間に見えます?」
「いや、別に大した意味はないんだけどさ。ただ念の為と思って聞いてみただけで、不快な思いをさせちゃったなら悪かったよ」

へらっと笑って凌統は両手を上げる。その仕草はどう見ても反省しているようには見えないが。

「ご心配なく。うちは至極真っ当な経営をしていますので」
「そうなんだ。それなら安心だね」
「何か誤解していらっしゃるようですが、ここにいる者達は俺を含め、全員ただの善良な一市民の集まりですよ。なあ、みんな?」

にっこりと微笑んで、珠稀はこの場にいる一同を見渡す。

同意を求めるかのような視線を受けて、周囲に控えている黒服達は笑顔で頷き返し、キングは「キャッ」とわざとらしい声を上げながら両手でグーを作って顔の前に持ってくるぶりっ子ポーズを披露し、銀狼もまた腕組みをしてウンウンと大仰に頷いている。

ここは確か、最強レベルに値する犯罪者の巣窟だったと思うのだが。

マフィアの一味の癖に、政府の役人を前にして『普通の市民』だと平気で言い張るとは恐れ入る。

どいつもこいつも嘘吐きばかり。面の皮を100枚ほど被った狸ばかりだ。

「……そうか。それは良かった」

内心呆れながらも周瑜は頷く。

今日は摘発に来たのではなく、あくまでも五代目の人となりを確認しに来ただけなのだ。余計な波風を立てるのは賢明ではない。

「もし、気を悪くさせてしまったのであれば申し訳ない。こちらも仕事なのでな」
「いえいえ。皆様のお役目はよーく分かっているつもりですよ。いつもお仕事お疲れ様です」

互いに譲り合う振りをしながら、周瑜と珠稀はにこやかに笑い合う。

表面上は友好的な態度を取り合っているように見えるが、その腹の内は二人とも真っ黒だ。

「よろしければ、女の子達と少し遊んで行かれます?」
「え…」
「常日頃からお国の為に命を削って働いていらっしゃる立派なお役人様のためとあれば、お代を頂くような無粋な真似は致しません。全て無料でご提供させて頂きますよ」

さあどうぞこちらへ、と言わんばかりに手で示しながら勧めてくる珠稀に、陸遜が難色を示す。


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