三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldX《前編》】
 




「あのさあ……。言っておくけど、俺は自分の身しか大事にしないよ?お宅らを守る程の余裕はないし」

珠稀がきっぱりと言い切ると、二人は互いに顔を見合わせ、それからドッと大笑いを始めた。

一体何がそんなに面白いというのか。

実際、楽しみなのだろう。この先に待っているものが何かなど関係なく、単純に面白そうだから残りたいだけ。

たったそれだけの理由で自らの命を平気で危険に晒し、それを全く厭わない。

そもそも裏社会のトップに属する人間は、自分も含めて全員命知らずなのだから、何を今更というものだ。

(……まあ、こいつらなら実際に何かあっても何とかするだろう)

こうなったらこの連中はテコでも動かない。だから珠稀は、そんな二人を止めることを早々に諦めた。

ならばせめて自分が彼らの巻き添えを食らうことのないよう、最大限努力するだけである。

そう結論付けた所で、珠稀は傍らにいた部下に向かって指示を出す。

「───お客人をお通ししろ。くれぐれも丁重にな」

主の命令を受け、黒服達は慌ただしく動き始めた。




そうして待つこと10分少々。

黒服に案内されて、いよいよ彼等が姿を見せた。

真っ先に応接室に足を踏み入れたのは、先頭を歩く長身かつ長髪の男。一見すると物腰の柔らかそうな優男だが、目の奥は少しも笑っていない。恐らく、かなりの切れ者だろう。

次に現れたのは、ポニーテールと短髪、二人の青年だった。年齢こそ若いが、かなり場慣れしている印象だ。

黒服の報告通り三人とも種類の異なる美形だが、隙のない身のこなしから、相当腕の立つ武人であることが窺える。

対して、迎え撃つ闇組織の上層部は珠稀達三人。

人数的には同等だが、こちらは室内に珠稀と銀狼・キングの部下達がそれぞれの主を守護する為に控えている。

政府の役人、それも武力を持つ軍人が数人。

自分達のような者にとって招かれざる客の来訪である事は部下達全員が理解しており、皆一様に緊張した面持ちで口を噤む。

そんな重苦しい空気の中、最初に口を開いたのは意外にも銀狼であった。

「へえ、これはまた……随分とイケメン揃いじゃねえか。あんたら、本当にお役人連中なのか!?」

場の空気を和ませようと、敢えておどけた口調で話しかけているだけなのか、それとも素でイケメン三人の登場に歓喜しているだけなのか。

男の意図を計りかね、政府の役人達が怪訝な顔で見返す中、銀狼は彼らと珠稀、キングの間で交互に視線を移動させつつ心底嬉しそうな顔をする。

「いやあ、これほどの美形が一堂に会するなんて、まさに奇跡としか言いようがないねえ!一流ホストクラブやモデルを集めても滅多にお目にかかれないような国宝級の色男が、同じ空間に5人だと…!?こりゃ普通に店で遊んだら一時間200万、300万は下らねえくらいの金額になるんじゃねえか?ここは地下深くの場所だってのに、まるで天国かよ…!」

そう言って一人ではしゃぐ銀狼を尻目に、珠稀は改めて男達を観察する。

確かに、銀狼の言う通りだ。

ここまで顔面偏差値の高い集団は、そうそうお目にかかれるものではない。

いつもなら『まあ、俺に比べれば下の下だけど』『所詮俺の敵じゃないけどね』などと自惚れる所なのだが、今回ばかりはさすがにそんな気持ちにはならない。

銀狼に言われるまでもなく、今まで見てきた人間の中でも間違いなくトップクラスに入るレベルであろうという事を、珠稀も素直に認めた。

「頭が固くて嫌味な役人連中なんて大嫌いだったが、いや〜世の中捨てたもんじゃないな。しかもその内の一人はしっかり筋肉がついているものの、儚げな風情を宿した小柄な美少年……。体型以外は俺の好みど真ん中だ!こりゃあ是非とも仲良くなりたいもんだ」

一人テンション高く捲し立てる銀狼に対し、珠稀は想定内と言わんばかりの顔付きで目を細め、他の者達は唖然としていた。

唯一、銀狼の隣でソファーに座っているキングだけが、腹を抱えて笑っている。

「おい」
「あははは!ごめんなさい旦那、だって、こんな緊迫した状況だっていうのに、あまりにもおじさまが平常運転なのが面白すぎて…!」

珠稀に突っ込まれたキングは目尻に浮かんだ涙を拭いながら、尚も笑い続ける。

「ごめんなさいねえ、綺麗なお兄さん方。このおじさま、女性も普通に好きなんだけど、美男子もイケるくちなのよ〜」

完全に予想外だったのだろうか。

政府側の三人は微妙な反応を見せたが、特にポニーテールの男は『げっ』と呻いて不快そうに眉を顰めていた。

前後の話の流れで自分の事を言われていると悟ったのか、ギョッとした顔で思わず一歩後退する短髪の美少年を庇うが如く、長髪の青年が彼の前に立ち塞がる。

「……この度は店の営業中に突然お邪魔をしてしまい申し訳ない。私の名は周公瑾。我が主君である孫堅様にお仕えし、国の内政と軍事を担う職に就いている。隣の二人も同じ軍に属する同僚だ」

名乗った青年は軽く頭を下げ、続いて後ろに控えている二人を紹介する。

「凌公績ってんだ。ま、よろしく頼むよ」

そう言って胸の前で軽く手を上げたのは、ポニーテールの男である。

一見すると人懐っこそうな笑顔だが、笑みの形に弧を描く双眸には一切の隙がない。油断ならない雰囲気の持ち主だ。

続いて、短髪の美少年が名乗り出る。

「陸伯言と申します。このような場所にお邪魔させて頂くのは初めてですので、何か至らない点や不勉強な部分がありましたら申し訳ありません。以後、どうぞよろしくお願い致します」

陸遜と名乗った彼は、物腰柔らかく丁寧な挨拶と共に深々とお辞儀をした。

見た目だけなら育ちの良い良家の子息にしか見えないのだが、言葉の端々から滲む知性の高さと強かさから、決してただの好青年ではない事が伺える。

「───ちょっと待て。あんた達、周瑜、凌統、陸遜って言ったのか?冗談じゃなく!?」

驚愕する銀狼や部下達と同様、珠稀もまた密かに驚く。

何故なら、今目の前にいる三人がこの国に生きる者なら誰もが知っている程の有名人だからだ。

「…あたしでも知ってる。えーと、若き天才軍師様が二人よね…?それに凌統って、旦那のお友達の甘寧って人と同じくらいの武闘派武将じゃなかったかしら」

キングは記憶を辿るような表情で呟く。

「へえ、よくご存じで。俺達だけじゃなく、甘寧の事まで知っているのかい?」

あいつと同列に扱われるのは癪だけど、と。

端正な顔を少々曇らせ、凌統は不満げに零す。

「ちょっとはね。仕事柄、これでも結構情報通なのよ。噂で聞いた程度だけど、あなた、すっごく強いんでしょ」
「まあ、世間ではそういう認識らしいね。実際はそう大層なもんじゃないんだけどさ」
「あら。そうなの?」
「そこにいる周瑜さんも含め、俺より強い人はゴロゴロいるからね。ただ…」
「ただ?」
「それなりに腕は立つつもりだよ。その辺のゴロツキどもに比べればね」

そう言って、凌統は意味ありげにニヤリと笑う。

その不敵な表情からは、謙遜するような台詞とは裏腹に、確かな自信と自負が窺える。

「ふふ……。ですってよ、旦那」

キングはうっすらと笑み、赤髪の美青年に話しかけた。

その瞬間、その場にいた全員の視線が一斉に珠稀に集中する。

「好(ハオ)!」

男は開口一番、パチパチと拍手をしつつ上機嫌に答えた。

そして、おもむろにソファーから立ち上がると、優雅な所作でこちらに歩み寄ってくる。


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