三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldX《前編》】
 




「ハハッ、違いねえ」

珠稀の回答に、銀狼は楽しそうな声で豪快に笑う。

一人目の嫁は死んだ。二人目も死んだ。三人目も死んだ。四人目はこの手で殺した。自分の妻となった者は皆、自分の元から去っていった。

二人で共に生きていくという選択肢など、最初から有りはしない。どちらかが先に逝くか、両方死ぬか。ただそれだけ。

こんな時代だ、男達の命は短い。やがて珠稀も死に、キングも死に、みんな揃ってこの世から消滅する。

今は伝説のように語り継がれているマフィア達の抗争も、ボスの名前も、時間の流れとともに人々の記憶からは失われ、自分達の事を覚えている者など誰もいなくなる。

それでいいのだ。

自分が生きた証が欲しい、誰かの記憶に爪痕を残したいと願うよりは、その生を終える瞬間に一人で静かに眠りたい。

───その時こそ自分達の魂は安らぎを覚え、ようやく本当の意味での救済と永遠なる静寂が訪れるのだろう。

「つい湿っぽい話をしちまったな。悪い悪い、ここまでにしようぜ」

この話はこれでおしまい、とばかりに、銀狼が話題を変える。

「折角の機会だ、もっと楽しい話でもするか……」

新しい葉巻を取出し、火を点けようとした矢先、不意にノックの音が部屋に響いた。

「入れ」
「失礼します」

珠稀が入室の許可を出すと、一人の若い黒服が入ってきた。

「お話し中申し訳ありません。旦那様にお目通りを願う客人がいらっしゃっています」
「客?誰だそいつは」
「それが、その」

男は言い淀み、ちらりと珠稀を見る。

「構わないから言ってみろ」
「はい。あの、実は……役人だそうです」

黒服が口にした単語を聞いて、その場にいた全員がピクリと反応する。

「用件は何だ」
「それが……特にお約束もなく、突然来られたのですが、風俗営業と賭博営業の許可証を確認されに来たとのことです」
「!」
「防犯や美観を目的に、うちの店だけではなくここら辺一帯の該当店舗を回っているとの話ですが。どうしても旦那様に会わせろ、とおっしゃっていて……」

男の言葉を聞いた瞬間、珠稀達は思わず顔を見合わせていた。

「何人いる?」
「はい、若い男性が三人と、部下らしき者達が20名程です。調査の間は入店者は三人のみ、部下たちは店の外で待機するそうです」

突然の報告に、一同の視線が彼に集まる。

「その三人はどんな奴だ。書類は持っていたか、令状とか」
「今日は確認だけなので、書類は無しとのことでした。そうですね…、体付きからすると、役人というより軍人に見えます。全員我が国を象徴する赤を基調とした服装で揃えていて、かなり鍛えているように見受けられました」
「……。」
「年齢は二十代くらいでしょうか。一番背の高い男がポニーテール、二人目も180p近くある長髪、三人目は他の二人に比べて少々小柄で、年齢も若そうな短髪の少年です。一瞬、うちの店にホスト志願に来たのかと勘違いしました。三人ともびっくりするくらいに美形だったので。……あと、帯刀しています」

全員武器持ちか。この店を訪ねに来るくらいなのだ、さすがに丸腰ではないだろう。

ただの訪問者なら部下に命じて武器を没収した上で通す事も可能だが、監査に来た役人には憎らしい特権が認められている。

もしその自己紹介が嘘ではなく、城からやってきた者達だとすれば、三人とも武官という事だろうか。

職業柄、色々な人間と接している自分達のことだ。部下の目で見てそう感じたのであれば、恐らくそれは正解だろう。

お上に目を付けられて余計な面倒事を起こさないように、そういった許可書は全てきちんと整えてある。

確認されて困る物は特にないが、何故うちの店に、こんなタイミングでやってきたのか。

そして、どうしてわざわざ主人に会おうとするのか。

「それと……」
「それと?」

言い難そうに答える黒服の様子に、何となく嫌な予感がした。

「いつもうちの甘寧と名無しが世話になっているようなので、その礼と挨拶を兼ねて来たと五代目に伝えてくれ、と」

男が答え終わると同時に、それまで優雅に座っていた珠稀が立ち上がる。

その顔は無表情だが、瞳が剣呑な光を宿していた。

「親父さん。せっかく来て貰ったところを申し訳ないけど、帰った方が良さそうだぜ。キング、お前もな」

普段より数段低いトーンで話す珠稀に、その場にいた全員が息を飲む。

「……追い返す訳にはいかねえのか?」

銀狼の問いに、珠稀は首を振る。

それが意味するところは一つ。つまり、追い返せない相手なのだ。

「訪問者は単なる木端役人じゃない。政府の人間だろうね。しかもかなり上層部の奴等かな」

相手が政府関係の人間となれば、こちらとしても無下には出来ないという事情もある。

それをやってしまうと、後々面倒な事になるのは間違いない。

「どうしてそう思う?」
「俺と関わりのある人間の名前を出しているが、それを知る者は限られている」
「ほう」
「そいつらは軍の関係者で、上の方の人間なんだよね。で、訪問者もうちのが世話になっている≠チて表現をするからには、そういうことだろ」

そこまで聞いて、銀狼もようやく合点がいったようだ。

「なるほどねえ。それをわざわざ店の者に伝えるってことは、珠坊に何か用があるか、珠坊の品定めがしたくてツラを拝みにきたってことか」

仮にここで彼等を追っ払ったところで、向こうがその気ならまた日を改めてやって来るだけだ。

それならいっそ、直接会った方がいいに決まっている。

「二人とも裏口から帰ってくれ。部下に見送らせるから───」

どちらにしても、面倒なことになりそうだ。

トラブルの予感を感じ取り、日頃の義理から同業者を逃がそうとする珠稀の言葉を、銀狼が制した。

「おっと、俺に気遣いは不要だ。普段は滅多に会えないお偉いサマ、しかもびっくりするほどのイイ男ばかりなんだろう?ここで帰らされるのは酷な話だぜ。品定めがしたいのはこっちも一緒だってな」

ニヤニヤと笑う彼に、珠稀は呆れたような視線を送る。

全く、この男は。こんな時まで美男子好き全開だ。

銀狼はそのまま慣れた手つきで葉巻に火を点け、一吸いするとフーッと長い煙を吐き出す。

どうやら逃げるつもりはないらしい。

「あたしも帰るのは嫌よ。だって面白そうじゃない。お上ってことは、あの名無しちゃんとやらのお仲間なんでしょ?」

それまで黙って話を聞いていたキングが口を開く。

「ってことは、旦那の恋敵になるかもしれない訳じゃない。競争相手がどんなタイプか、興味あるわあ〜」

彼は基本的に面倒事を嫌う性格なのだが、今はいつになく楽しそうな表情を浮かべていた。

その様子を見る限り、明らかにこの状況を歓迎している。

「おっ。なんだなんだ。珠坊の恋敵って、どういうことだよ!?」
「ホホホ!聞いて聞いて、おじさまっ。旦那がまた哀れな女を引っ掻けたのよ〜。散々情報を吸い上げたり利用した上で、いいように料理して骨までしゃぶっちゃおうとしている可哀想な羊ちゃんがいるの!」

キングは全然可哀想などと思っていなさそうな口調で語り、けらけらと笑う。

「はーん。つまり、珠坊のカモってことか。使えそうな役人女に目を付けるとはやるじゃねえか。で、もうヤッたのか?」
「やだー、おじさまったら下世話すぎ!」
「何言ってやがる。スケコマシとくれば、そこが一番重要じゃねえか」
「詳細は内緒よ〜」

こういう話題に速攻で食いついたり、にわかに活気づくあたり、銀狼もキングも大概オヤジ臭いと思う。

それにしても、このクソ野郎どもときたら……。

勝手に盛り上がられては困る。

ただでさえ厄介な客が来たというのに、これ以上問題ごとを増やして欲しくない。


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