三國/創作:V 【Under WorldX《前編》】 黒蜥蜴の五代目。彼の本名は、一体どんな名前なのだろう。 彼ほどの端麗な男性であれば、きっと相応しい意味や響きを持つ名前に違いない。 ついさっき、銀狼は五代目のことをタマ坊≠ニ呼んでいた。 それが彼の名前にちなんだものなのか、それともただの愛称に過ぎないのかは分からない。 彼の本名を知る人間は、果たしてこの世に何人いるのだろうか。 この人に本名を教えられ、その名で呼ぶことを許される人間が、心から羨ましいと思った。 「ちっ。こいつら、すっかりのぼせ上ってやがる…。俺の愛人だってのによ。お前に紹介すると、誰であろうとすぐコレだ」 「ええ〜?ちょっと待ってよ親父さん!俺、親父さんの愛人だって言うから丁寧に挨拶しただけなんだけど」 礼儀を尽くした結果文句を言われるって、どういうことだよ? 抗議する珠稀に、中年の男はニヤッと笑う。 「ま、いいってことよ。珠坊相手じゃ一目でメロメロになっちまうのも仕方ねえ。お前が相当イケてるのは俺も認めているし、珠坊は俺の太陽だからな!」 「ハハハッ。親父さんったら、そんな本当のことを〜。褒めてくれんのは素直に嬉しいけど、俺は女専門だからね?」 軽口を叩きながら、和やかに笑い合う珠稀と銀狼。 そんな二人の背後から、扉越しにそ〜っと覗き込む者がいる。 部屋に入るか入るまいか、このまま逃げるかどうするか。 そんなことを迷いながら、室内の様子をこっそり伺うキングだった。 「お…?なんだ、キングじゃねえか!?珠坊だけでなくお前にも会えるなんて、こいつはツイてるぜ!」 「……!!」 飛び出しそうになった悲鳴を、必死で飲む込む。 本当はあのまま帰りたかった。けれども、『帰さない』と珠稀に言われてしまった以上、彼の言いつけを無視して逃げ出す方が恐ろしい。 「オホホホ…!銀狼のおじさま、お久しぶりっ」 仕方なく、キングは引きつった笑みを浮かべて会釈する。 「後ろのお二人はおじさまのイイ人なのかしら!?美人さんねえ。女の子も男の子も、とーっても見事な耳飾りや指輪をしていて羨ましいわぁ〜。ねえねえおじさまぁ、あたしにも大きな宝石買って!オ・ネ・ガ・イ〜」 拝むポーズを取りながら、猫撫で声でおねだりをするキングに、銀狼が渋面を作る。 「何調子の良い事言ってやがんだ、このガキは。宝石なんて10個でも100個でも買えるくらいの稼ぎがお前にはあんだろ?」 「いやん!おじさま、女心ってものが分かってないわねえ。自分の稼ぎで買う分とは別に、金目の物を男に貢がせてブン取るのが楽しいんでしょうが」 「お前も男じゃねーか!」 すかさず入ったツッコミに、銀狼とキングは顔を見合わせて大笑いした。 事情を知る珠稀と黒服達も呆れたように苦笑したが、銀狼の愛人達は全然笑えない。 主人の言葉がまるで信じられないとでも言いたげに、口をパクパクさせながらキングを凝視している。 「ウッソー、コイツ、男!?信じらんない!」 「はっ…、えっ…!?」 真っ直ぐに指を指して叫ぶ女につられたのか、今まで静かだった青年まで疑問と戸惑いに満ちた声を零す。 「本当、罪よねえ。世界が嫉妬する程の眩い美貌」 頬に手を添え、うっとりと目を細めるキングは、同性の目から見ても美しかった。 その艶やかな黒髪は、どんな絹糸よりも美しい光沢を放っているし、女性と同じく化粧をしているとはいえ、滑らかな肌には一点の曇りもない。切れ長の目は長い睫毛に縁取られ、その瞳はまるで磨き抜かれた黒曜石のようだ しかし、男。 言われてみれば、確かに女性にしては声が低い気もする。でもやはり信じ難い。 あまりの驚きに二の句が継げずにいる愛人達に、銀狼が声をかける。 「俺はちょっとこいつらと話をしてから帰る。お前たち、悪いが別の部屋で大人しく待っててくれねぇか」 「えー!?そんなのヤダよ。あたいたち、もう十分銀に付き合って待ってたのに。別にここで聞いててもいいでしょ?」 「男同士の話し合いに、女が口を挟むんじゃねえ」 「何よそれっ。意味分かんない!」 煌めくピンクパープルのアイシャドウが施された瞳をキッと吊り上げ、不満を露わにする情婦の頭を銀狼は慣れた手付きで撫で回す。 「だから、すまねえって。ちゃんとイイ子にしていたら、欲しい物全部買ってやるから」 ピタリ。 情婦は即座に口を閉ざし、満足そうにその口角をゆっくりと上げた。 「うふふ…、しょうがないわね。そこまで言うなら聞いてあげてもいいよ!じゃ、あたい達イイ子で待ってるから。ほら、あんたも行くよっ」 現金なものだ。 先程までの態度が嘘のように、今度は情夫の青年の手を取ると、傍にいた黒服の袖を引っ張って≪早く他の部屋に案内して!≫と急かす。 彼女達が別室へ移動するのを見届けてから、銀狼は改めて珠稀とキングに向き直る。 「やれやれ…。騒がしくして悪かった。俺のお姫様は顔と体は抜群にいいんだが、男を困らせるのが玉に瑕でな」 困ったように眉尻を下げながら、それでも何処か愛おしげに銀狼が呟くと、たまらず珠稀が口を開く。 「親父さん、昔っから女の趣味が悪いよね〜。ノロケ全開なところを悪いけど、ああいう生意気な女のどこがいいの?金遣いも荒そうだし、俺には絶対無理」 「カーッ、若ぇなあ。女は少しくらい我儘で気が強い方がいいんだよ。珠坊も俺と同い年になったら分かるだろうぜ」 「中年になっても無理」 男を振り回す、ってのがイイ女の証だろう?という持論を展開する銀狼を、珠稀は心底嫌そうに睨み付けた。 「俺は自分がすでに我儘な性格なんで、キャラ被りは断固拒否だね。我儘だったりやたら気が強くてすぐに男に突っかかってきたり、自分の意に沿わないことに対してキーキーうるさく騒ぐような女は勘弁してくれってカンジ。面倒見切れねえわ…」 「それを全部受け止めてやるのが男の器の広さってもんだろ」 「そうしなきゃダメって言うなら俺は器の広さなんていらねぇし。狭量で結構。自己中で面倒な人間は俺一人で十分間に合っているんで」 「ハッ、違いない。珠坊も我儘言わせりゃ世界一のお姫様だからな」 「せめてそこは王子様って言ってくんない?俺は美しいって言われるのは好きだけど、女扱いされんのは嫌いなんだよ」 不貞腐れる珠稀に、銀狼は愉快そうに笑った。 「言われてみりゃ、俺は男と女で好みが全然違うな…。女は見た目のいい高慢ちきなお姫様や女王様が大好物だが、男の場合は繊細で儚げな雰囲気のある大人しいのが大好物だ。見た目も男臭いガッシリしたタイプじゃなくて、こう、線の細いナヨッとした美青年つーのか」 言いながら、銀狼は手でその細さを表現した。 そういえば、この男が連れてきた情夫もまさにそんな感じだった気がする。 「それに比べて…」 と、銀狼はじっと男達を見つめる。 「お前ら二人はさ、見た目に関しては文句なしの超絶美形ときているが、どっちも負けん気が強くて自己中な上にプライドがクソほど高い。おまけに羊の皮を被った狼で、その本性は極悪非道ときている。綺麗なツラに似合わず内面はかなりのゲス。性格の悪さは相当で、気性の荒さは折り紙つきだ。俺の愛する繊細で儚げな雰囲気のある大人しい美青年像からは程遠い」 そこまで一気に吐いてから、銀狼は大きく溜息をついた。 さすがは歴史ある『魔狼団』の三代目統領として長年君臨し、珠稀やキングと数年に渡って交流のある人物だ。ここまで彼らの中身を的確に表現できる人間はそういないだろう。 [TOP] ×
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