三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldX《前編》】
 




「親父さ〜ん!待たせてごめんねっ。元気してた〜!?」

そこには、先程とは違った服に着替え終えた赤い髪の天使……もとい、悪魔が立っていた。

珠稀のファッションは独特であり、体にフィットするデザインの服を好んで着用している。

黒一色で構成された衣装は彼の長い手足を美しく強調し、少し広めに開いた胸元は彼の鎖骨から胸板までのラインを際立たせ、鍛え上げられた体躯を一層引き立てる役割を果たす。

普段は軽く毛先を外跳ねさせている彼の髪型は、片側だけいくつかの束に分けてねじってピンで留めるサイドアップのヘアアレンジが施され、いつもとは違った新鮮な印象を周囲に与える。

一見軟派でチャラそうなイメージや、田舎のヤンキーっぽいイメージを彷彿とさせる髪型であったが、彼自身の端正な容貌や涼しげな目元と相まって、珠稀がするとむしろ洗練されたスタイリッシュな雰囲気を一段と高めていた。

「珠坊っ!!」

視界に映る男の姿を認めた瞬間、銀狼は即座にソファーから立ち上がり、喜びに満ちた笑みが顔を覆う。

まるで少年のように瞳をキラキラと輝かせ、歩みを速めながら、腕を広げて珠稀に近づいていく。

「久しぶりっすね。ご無沙汰してます、親父さん」

彼にしては珍しく親しみを込めた声音で語り、珠稀が目元を細める。

「ああ…珠坊、もっとよく顔を見せてくれ!相変わらずいい男だぜ…」

珠稀に接近するにつれ、微笑みを隠しきれずに口元が綻び、銀狼の目がますます輝いていく。

「初めて会った時からキレイなツラの野郎だったが、会うたびに男っぷりが増してないか?何を食って何をしたらこういう顔になるんだ。同じ人間だっていうのによ、世の中ってやつはつくづく不公平に出来てやがる」
「あざっす。ってか、親父さんもその年にしては十分いい男でしょう?なんつったっけな。苦み走ったいい男ってやつ」

容姿を人に褒められても、ぶりっこ目的以外では決して否定したり謙遜したりしない。それが珠稀クオリティである。

「ハハッ、一丁前に世辞だけは上手くなったな。さては、何か物でもねだる気か」
「世辞じゃねえし。俺ってそんなに腹黒く見えるってこと?」
「腹黒だろお前は」
「心外だわあ〜」

顔つきがきりっと締まった、渋みのある、ハードボイルドが似合いそうないい男。

目の前に立つ男の姿を見る限り、珠稀の指摘は決して嘘でもお世辞でもなかったが、銀狼は自分への賛辞を笑って受け流す。

二人のやりとりを傍で見ていた銀狼の情婦と情夫は、唖然とした顔のままでソファーに座っていた。

いくら銀狼の愛人という特権的な立場とはいえ、彼と同じ一組織のボスである珠稀を前にしているのだから、普通であれば立ち上がって挨拶の一つや二つくらい交わすのが礼儀である。

それは彼女たちも十二分に承知の上であったが、彼の人物像に関して銀狼から話には聞いていたものの、珠稀本人に会うのはこれが初対面だったので、完全に固まっていたのだ。

間近で実際に目にした黒蜥蜴の若き五代目は、彼女等が思い描いていた以上に美形だった。

その容姿はまさに絵画の如く、完璧に整った顔立ち、ニキビや染み一つ見受けられない滑らかな肌、切れ長の瞳には星のような輝きがあり、艶やかな赤い髪は毛束の流れ一つ一つが計算され尽くした芸術のように美しい。

生まれてからずっと周囲の者達から美しい、美形だと言われ続け、呉国内でも屈指の歴史の長さと構成員の多さを誇る『魔狼団』のボスの愛人として寵愛を受ける身なのだから、己の容姿にはかなり自信を持っていたはずなのに。

珠稀の存在はさながら異次元から来たように美しく、それに対して自分の平凡さを痛感してしまう。

自分なんてこの男に比べればただの一般人レベルなのだという現実を突き付けられたように感じ、初めて味わう敗北感と劣等感に苛まれ、言葉が全然出てこない。

「えーっと。親父さん、そちらの方々は…」
「おう、そういえば紹介がまだだったな。こいつらは二人とも俺の愛人だ」

珠稀が尋ねると、銀狼は親指を立てて愛人達を指し示す。

「ちょっとばかり我儘なやつもいるが、仲良くしてやってくれ。どっちもすこぶるつきの美人だからって、手ぇ出すんじゃねえぞ」
「親父さん、まだ盛ってんの?尊敬するわあ。バリバリ現役で何よりっすねえ」
「俺は生涯現役だっつうの。40代の男なんて、まだまだ脂乗ってる時期だろ?若いやつには負けんよ」
「いやいや。そういう台詞が出る時点で、年喰った証拠ですって〜」
「馬鹿野郎」

互いの口元から、楽しげな笑い声が溢れる。

元々、銀狼は誰に対しても比較的ざっくばらんに話しかけるタイプの人間だが、それにしても今日の彼は普段に比べてかなり饒舌だ。

自分達にはよく分からないが、それだけ主人とこの若者は見知った仲なのだろうか。

部外者が途中で口を挟むのも何やら気が引けて、銀狼の愛人達が押し黙っていると、彼等の視線の先で赤い髪がふわりと揺れた。

「姐さん、兄さん、初めまして」
「───!」

出し抜けに声をかけられ、心臓がばくんと跳ねる。

「すでに親父さんから聞いてご存じかもしれませんが、俺は黒蜥蜴という組織の五代目統領をやらせて貰っているつまらない男です。銀狼の親父さんとは長い付き合いで、色々と世話になっています」

珠稀は淀みなく口上を並べてにっこりと微笑むと同時に、頭を軽く下げて敬意を示した。

銀狼の連れが彼の愛人だというのなら、ここは先手を打って挨拶しておく方が得策だ。

必要とあればいつもの砕けた物言いや高慢不遜な態度を瞬時に納め、自分よりもずっと年上の先輩頭領である銀狼、そしてその愛人の両方を立てる為に、礼儀を尽くした態度で相手をもてなす。

そういった如才ない立ち回りが出来るところが、彼という男の特徴である。

「本日はお待たせして申し訳ありませんでした。皆さんがいらっしゃった時に少しばかり作業をしていたので、お客人を迎えるのに汚れた格好じゃ失礼だと思いまして」
「べ、別にいいよ。あたいたち、そんなに待ったワケじゃないし…」

さっきまでの勢いはどこへやら、女は少し照れたように頬を染めながらモゴモゴと言葉を濁す。

「そう言って頂けると助かります。見た感じ、姐さんも兄さんも俺と年がそう変わらないようにお見受けしますが、俺の事はそのまま五代目とでも呼んで下さい。そんな訳で、一つよろしく」

そう言って珠稀が握手を求めてきたので、愛人二人は慌ててソファーから立ち上がり、順番に手を差し出した。

五代目、か。

こういった職業に就く人間は、名前が分からない者がほとんどだ。

組織の下っ端にすぎないチンピラ達も、チビ≠竍デブ∞ノッポ≠ニいう身体的特徴によるものや、先生∞医者(ドク)≠フような職業を意味するもの、他にもせせり∞熱燗∞シナチク≠ニいった、本人とは全く無関係な食べ物のあだ名で呼ばれている場合が多い。いわゆる通り名だ。

末端の者達ですらそうなのだから、上層部の人間や組織の長であれば尚更である。

事実、自分達の主人である銀狼だってそれが本当の名前かどうか疑わしいし、他組織の権力者だって○○の若頭、○○の何代目という呼び方をすれば事足りる。わざわざ他人に己の素性を告げる必要はない。


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