三國/創作:V 【Under WorldX《前編》】 「お話し中に失礼いたします。『魔狼団』の三代目がお見えになりました」 「!」 「何やら近くに来たついでに寄られたとのことで、特にお約束等はなかったと思いますが、お通ししてよろしいですか」 黒服が告げた名前を耳にした途端、珠稀の顔から笑みが消える。 それは、同席していたキングも同じだった。 キングは『げっ』と短く呻くと、急に衣装を整え始め、勢いよくソファーから立ち上がる。 「あらやだ〜もうこんな時間!あたしったら旦那のご迷惑も顧みずに随分長居しちゃったわねっ。それじゃ旦那、あたしはそろそろ…」 「おっと。帰さねえよ?」 一息に言葉を並べ立て、そそくさと退室しようと試みるキングの襟首を、素早い動きで珠稀が掴む。 「何自分だけ助かろうとしてんだよ」 「だって!あの銀狼≠ィじさまが来たんでしょ!?あの人、男も女もどっちもイケる両刀使いじゃないの!」 逃亡を阻止された焦りからか、キングが高い悲鳴を上げる。 「分かってるじゃん。だったら、俺を一人にするのは何でかな。俺が可哀想だとは思わない?」 「えーっと…それはその…ねえ?旦那ってほら、こういう時の切り抜け方が上手いし。人あしらいも上手だし…」 「へえ」 「そ、それに旦那は銀狼おじさまの大のお気に入りじゃない!だから、旦那が嫌がる事をあのおじさまがするはずがないでしょ。あたしなんかがいても、何のお役にも立てないと思うから、その…」 「いやいや。君、ツラだけは綺麗だろ?だったらなおさら一緒にいて貰わないと。二人いれば親父さんの興味がバラけるかもしれないし、君を生贄にして俺が逃げることも可能だし」 「ちょっと!生贄って何よ、旦那!」 叫び、キングは再びソファーに座り込んで男から距離を取った。 背もたれや肘掛けにひしっとしがみ付き、いやいやをするみたいに頭を振って拒絶の意思を示すキングの服を掴んだまま、珠稀は黒服の方を振り返る。 「丁重にお通ししろ」 「はっ」 「俺は一旦部屋に戻る。軽く全身流して着替えてから親父さんを出迎えるとするよ」 「お着替え…ですか?」 「ずっと作業してたから、服や髪に埃とかついてるかもしれないし。汚れた格好じゃ失礼だろ?ちょっと待たせることになるけど、上手いこと説明しておいて」 「なるほど。承知致しました」 珠稀の命を受けた黒服は、深々とお辞儀をして扉の向こうに消えていった。 俺の許可なく逃げたら分かっているよな?と。 低い声で言い含め、天使の笑みを見せるこの男は鬼か悪魔だ。 どうあがいても逃れられないという悲劇を悟ったのか、キングはぐったりとソファーにもたれ掛ったままで、ぐすん、ぐすん…と音を立て、わざとらしく鼻をすする。 部下の報告によると、今日は朝から雨が降っているようだ。 本棚の整理をしていた際、今も降り続いていると部下達が話していたことを思い出し、珠稀はそっと目を伏せた。 こんな日は、彼女≠ヘ何をしているのだろう。 城でおとなしく執務に励んでいるのだろうか。それとも、どこかへ出かけているのだろうか。 ああ、でも前にあの子が俺に会いに来た時は、すげえ雨だったな。 何の約束もなく突然ふらりと店にやってきて、俺が外に出るまでの間、ずっと雨に濡れながら一人で待っていたんだっけ。 ……なんて、俺らしくもなくちょっと感傷に浸るフリをしてみたけど、これもやっぱり天気のせいだろうなあ。 ───まったく、雨は人を詩人にさせやがるぜ。 珠稀は笑みを浮かべたが、それは人間味を感じられるような、温かみのあるものとはまるで違う。 心で思い描く言葉の数々こそ彼の言葉通り少々センチメンタルな響きだが、彼が宿したのは微笑みとは程遠い、人形にも似た無機質な冷笑だった。 「さて…、親父さんとは久しぶりの再会か。こいつは失礼のないようにバリっと決めた上で、ケツの穴を締めてかからねえとなあ…」 冗談めいた口調で呟き、珠稀が唇を歪める。 地下に潜む者達は、雨だろうが晴れだろうが、やることは変わらない。 天気なんかどうでもいい。自分達にとって最も重要なのは、今日を生き延びられるかどうかだ。 闇が支配するこの世界で、己の目的を果たす為に囁き合い、欲望を満たす為に蠢くだけ。 黒服が主人に訪問者の存在を伝えてからおよそ30分後。 来客用に整えられた豪華な家具や調度品が並ぶ部屋の一室で、二人の男と一人の女が豪勢なソファーにゆったりと腰かけて店の主を待っていた。 「ねえ〜、銀っ。お友達って誰なの?あたい、早く帰りたいんだけど」 ソファーの右側に座っている若い女性は男の腕にしがみついて豊満な胸元を押し付けながら、ムスッと頬を膨らませる。 「まあそう言うなよ。何せこっちは急に来たんだ。先方にも色々と他の用事や準備ってものがあるだろうが」 男は背もたれに寄りかかり、クッションに全身をたっぷりと預けながら深い座り心地を味わっていた。 男は人から銀狼≠ニ呼ばれ、彼自身もそう名乗っているが、それが彼の本名なのかどうかは不明。 珠稀やキングと同じく闇の世界に身を置く者で、『魔狼団』という組織のボスである。 見た目から推測する年齢は40代くらいといったところだろうか。 整った顔立ちは年齢相応の渋さと魅力を兼ね備えており、若い頃はさぞかし美男だっただろうと思わせる風貌だ。 短く揃えられた髪は銀色に輝いていて、彼の知的な印象をさらに高めている。 それでいてどこか野性的な気配を宿し、狼という名に相応しい獰猛さをその身に秘めているように感じられるのは、彼がボスとして今までに積んできた経験値や、潜り抜けてきた修羅場による影響なのかもしれない。 「あたいが待つのが苦手な女だってことくらい、銀だって知ってるでしょ?もういい!だったら手下どもを連れて、一人で先に帰るからっ」 「おいおい。人様の家でそう我がままばかり言うんじゃねえ」 「だってぇ、待ってるだけなんてつまんないんだもん」 「俺やお前たちの為に、せっかく五代目が気を利かせて上手い酒やつまみも出してくれてるってのによ。ほら、そっちの果物とか美味そうだぜ。機嫌直せよ。お前、桃が好きだったじゃねえか」 「イヤ!」 マフィアの情婦。 銀狼と彼にしなだれかかる若い美女の姿を見れば、誰もがそうイメージするだろう。 長い巻き髪とぽってりと厚めの唇が印象的なこの若い美女はどうやら銀狼のお気に入りらしく、大きく開いた胸元と、白い太腿が露わな深いスリットの入ったデザインのセクシーな衣装が彼女のグラマラスな体型にとても良く似合っている。 「まったく、困ったやつだ…。次に同じことを言いやがったら、もう宝石を買ってやらねえぞ?」 「ふんっ!」 拗ねたようにプイッと顔を背け、女性は不承不承といった態度で酒のグラスに手を伸ばす。 銀狼の右隣には女性と見紛うばかりの美青年が座っており、そんな二人の姿をハラハラした様子で見守っていた。 キングの証言通り、銀狼が男性も女性もどちらもいけるバイセクシャルの男性なのだとすれば、この青年もおそらく愛人の一人なのだと思われる。 だとしたら、銀狼という男は、性別によって好むタイプが正反対に分かれると言えそうだ。 派手な美人と、大人しそうな美青年。 若い美女が咲き誇る大輪の薔薇のように豪奢な美貌とスタイルの持ち主であるのとは対照的に、彼は容姿端麗ながらどこか儚げで、その体躯は男性にしては華奢で線が細かった。 女性が自己主張の強い性格だとすると、こちらは物静かで控えめな性格を持ち、人目を引くことなく静かに存在している。そんな印象だった。 コンコン。 三人がそれぞれの思いを秘め、高級ソファーに座りながら時の流れに身を委ねていると、不意に扉を叩く音が聞こえた。 「失礼します。旦那様がお見えになりました」 やや緊張気味の黒服の声とともに、扉が開く。 [TOP] ×
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