三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldX《前編》】
 




(んー、やっぱり当初の予定より多めに仕入れて正解だったな)

室内の広さに合わせて用意した本棚の数がそれなりに多い事もあり、仕入れ部数によってはいくつかの棚やその一部がポッカリ空いてしまうのではないかと懸念していたが、どうやらいい感じに埋まりそうだ。

最も人気のありそうなジャンルは展示スペースを多めに取った上で部屋の入口付近に本を並べ、その他のジャンルや女性向け等の書籍も適時カテゴリー分けしながら手際良く収納し、全体のレイアウトを決めていく。

(俺としては監禁凌辱、リョナ系や闇堕ち・奴隷堕ちみたいな鬼畜系をもっと前面に押してやりたいところだが、平均値を考慮すると売れ筋に基いて『寝取り・寝取られ』を最前列に配置するべきだろうなあ…)

こういった場所の陳列を完全に自由裁量で出来てしまうとつい作成者自身の好きな物をプッシュしたり贔屓扱いしてやりたくなるが、珠稀に限ってそれは無い。

己の趣味嗜好や性癖を呑み込み、常に最大の利益を優先して行動できる。それが彼の強みである。

「ねえねえ旦那」

せっかく邪魔者の存在を無視していたところだったのに。

アダルト系列の書店員になった気持ちで黙々と取り組んでいた神聖な作業に水を差され、珠稀は眉をひそめた。

「見ての通りお取り込み中なんですが、何か」
「あたし、気付いちゃったのかもしれないけど…」
「だから何が」
「女性向けって、思った以上にレイプ系や監禁系、無理やり系が多くない?」

珠稀含む店のスタッフたちがせっせと働いている間、キングが流し読みした女性向け成人本は20冊に及んでいたが、彼曰く、どうやらその多くにそういったシチュエーションが混入していたそうだ。

性差の違いからか、『己の意思を無視して無理やり犯される』ということに対してどこか他人事であり、完全なるフィクション物として男が読みたがるのはまだ分かるのだが、当の女性達自身が読むエロシチュエーションでもこれ系の要素が上位に入っているのは何故なのか。

「こういう強引なの、女性から見れば普通は嫌悪の対象でしょ。創作の世界とはいえ、見たくもないジャンルじゃないの?」

首を傾げ、低く唸る男の疑問に対し、間髪入れずに珠稀が答える。

「甘いなあ。女向けのは男向けのと全然前提条件≠ェ違うだろ」
「えっ」
「モブにやられる展開とかだったらガチの強姦物もあるかもしれないけど、ヒロインがお相手のハイスペックイケメンに犯られる場合は大体がレイプもどきだね」
「もどき…?いきなり押し倒されたり紐で縛られたり、自由を奪われた上で強引に犯されているのは結果的に一緒なんだけど」
「あくまでも精神面が、ってコトだよ。女向けのレイプや監禁風の主流はそれっぽいナリをしただけの、単なる両想いのラブラブセックス。一見無理やり風に見せかけて、実はお互いに好意を抱いていた≠チてご都合設定がぶち込まれているんだよなあ」

珠稀は手にしたままだった数冊の本を棚に押し込み、首をぐるりと回してストレッチする。

「『この淫乱の雌豚が。嫌がっている癖に感じてんだろうが!』みたいに男向けエロと同じ思考回路の性欲猿化したイケメンに犯されるパターンもあるっちゃあるけど、それでもやっぱり愛があるのが大前提」

淡々と述べ、男は首を捻ってキングを見た。

「他によく見かけるのは謝罪とセットのやつかな。『本当はこんなことしたくない。でも、お前のことが好きすぎてどうしても我慢できないんだ。ごめんな』とか、『昨日の事は忘れてくれ。きっとおかしくなっていたんだ。俺も忘れるから…』みたいに意味不明な言い訳をほざきつつ、正当化してくるパターン」
「ふんふん」
「普段はそんなことをする男じゃないのに、ヒロインが可愛すぎて理性が崩壊しただけなんです。ヒロインのことが愛しすぎて、愛ゆえについ余裕がなくなっちゃっただけなんです!ってことが言いたい訳だ。通称ごめんねレイプ≠チてやつ」
「なかなか破壊力のある呼び方ねえ…」

珠稀がせっかく丁寧に噛み砕いて説明してくれているというのに、ごめんねレイプ≠ニいう言葉の響きがパワーワード過ぎて、それ以外の情報が全然頭に入ってこない。

「中には最初はただの興味本位だった、単なる強姦だった≠ナ始まる物もあるけど、大体最終的にはお互い相手の事を本気で好きになったり付き合ったり結婚したり。結局は両想いになって、メデタシメデタシ」
「はあ…」
「ま、とにかく女側もその辺の諸々は承知の上ってことさ。『これは創作。ただのファンタジーだからいいの』と分かった上で読んでいる」

リアルでやっちまったら捕まるだろう。その辺は男向けのエロと一緒だよ、と珠稀は補足する。

「ふーん。つまりこういう事かしら。女性向けのそれは、正確には無理やりではない。それをやるのがイケメンで、ヒロインも内心憎からず思っている相手だからこそ許されるっていう暗黙の了解ってワケなのね。男向けによく出てくるキモイおじさんがハァハァしながら『●●ちゃんの事が好きすぎてもう我慢できないッ!!』ってヒロインに覆い被さってきたら、どうせ漫画の中であっても全力で抵抗されて通報されるのよね?」

キングはハイハイと言いたげに顔の前で手を振ると、長い脚を優雅に組み直す。

「当然だろ。さっきも言ったようにお互いに好意を抱いていた、もしくはそうなる≠チていうのが大前提だからね?キモイおっさんにヒロインが恋愛感情を抱く事はまず有り得ない。よって有罪」
「顔面差別だわぁ…」
「あーでも、キモイおっさんでも金持ちなら若い美人を札束の力で抱けるので、好きな女を最短距離でモノにしたけりゃ正確には顔か金かもねえ」

身も蓋もない締めの言葉を平然と放ち、珠稀は伸びをしながら立ち上がる。

「あとね旦那」
「まだあるの?今度は何だよ」
「納品書を見ていて気付いたんだけど、結構古い作品も仕入れたのね」

新しい物好きの珠稀のことなので、てっきり最新作ばかり揃えていると思ったのだが。

納品書を見る限り、今時の流行り物だけではなく10年前や20年前に売れていたタイトルもそれなりの数が購入されている。

「人の性癖ってなかなか変わらないでしょ〜?」

≪昔は年上のお姉さんに色々と教えて貰う系のエッチが大好きだったけど、今はロリ相手の方がずっと興奮する≫のように、過去と現在で好みが変わったという人間も中にはいるだろうが、昔好きだった傾向やシチュは今も変わらず大好きだという人間は結構多い。

「昔お世話になったエロ本は今読み返してもやっぱりイイもんなんだよね〜。めちゃくちゃ興奮するわ、鬼ほどシコれるわでいいこと尽くし。人類はある時この法則に気付き、全世界が震撼したよね。悟りを開いた者達はそれをエロの復刻と再利用≠ニ呼ぶようになりました。これ豆知識ね」
「そんな呼び名をつけるのは旦那だけでしょ」
「ウン年前の作品だろうが名作は名作だし、今の30代〜50代の客とかが見てあー懐かしい!って感動してくれるかもしれないじゃん?そういう需要に応える為に、店主としては一世を風靡した伝説的なエロ本も一通り揃えておかないと」
「ねえ、さっきから全然素人の発言に思えないんだけど。旦那は有識者の一人なの?それともエロの達人なの!?」

キングが裏社会で珠稀という男に出会って早数年になるが、未だに彼という男が良く分からない。

おちゃらけた口調でふざけたことばかり言うかと思えば、たまに酷く真面目な表情を垣間見せたり、現実主義者のはずなのに妙にロマンチックな台詞を口にしたり、女性向けエロに関する考察も含め、案外雑学王だったりする。

世間一般的に見てキング自身も十分変わった人間の部類に入ることは承知しているが、それでも珠稀という人間の本質は非常に読み取りにくく、彼を計るには通常の物差しでは不可能に感じられる。

一体どういう脳と精神構造をしているのだ、この男は。

「旦那様」

扉が静かに開かれ、黒服の一人が姿を見せた。


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