三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldX《前編》】
 




「はぁ…旦那。その言葉、間違っているわよ。ご存じだとは思うけど、あたしの口調や服装は趣味でも何でもなくて単なる変装と擬態。必要ない時はちゃんと男の姿に戻るし、男なんかより女の子の方が断然大好きだし、心も体も立派なオスですから」
「分かってて言ってんだよ。それくらい理解しろよこのドクサレが」
「旦那が相手によって態度をガラッと変える人間だっていう事は知ってるけど、大切な商売相手にそんな乱暴な口を利いちゃっていいのかしら〜?それに、旦那こそ普段の取り繕ったチャラ男ぶりはどうしたの?いつでもそのキャラで通せるように、ちゃんと練習しておいた方が良くってよ」

自由に切り替えられると思っていても、人間、地の言葉遣いというものは咄嗟の時に出てしまう。

そんな助言と嫌味を込めたキングの反論だが、敵もさるものだ。

「うんうん、そうだよね?まったく、君の言う通りだよぉ〜」

キングが嫌味で返しても、即座にカウンターを放ってくる。

「つい相手に対する好き嫌いみたいな個人的感情で冷たい態度を取ってしまうだなんて、俺としたことが恥ずかし乙女っ。これじゃあまるで、俺が意地悪で狭量な性格だって誤解されちゃいそうだよね?」

誤解も何も、事実なのだが。

続く言葉を飲み込み、じとーっとした目付きで睨むキングに珠稀は微笑む。

「という訳で、いい加減そこをどいてくれないかなあ。お兄さんとーっても忙しいんだよね。お帰りはあちらだよ?オカマちゃんの遊び相手をしてあげられなくてご・め・ん・ねぇ〜」
「その口調も、それはそれで腹立つわねぇ〜」
「つーかさぁ、冗談抜きで早いところこの部屋を完成させたいんだけど。明日からは客を入れて解放したいんで、今日中に全部の本棚を整えたい訳で」

珠稀が入り口の扉に視線を向けると、ちょうど黒服の男たちが両手に沢山の本を抱えて部屋に入ってくるところだった。

蠢く者の地下の一室に何故このように書籍が集められているのかというと、この場所を客が自由に利用できる読書棚にするためだ。

元々この店は遊興の為の様々な施設を備えており、酒を飲んだり賭け事をしたり、女を抱いたりと遊ぶ手段には事欠かない場所であるが、その時々のタイミングによっては賭場の卓や酒場の席が埋まっていたり、目当ての風俗嬢が他の客の相手をしていてプレイできない事がある。

その場合、順番待ちが発生する訳だが、時間潰しの為に余計な金を使いたくないとか、お気に入りの嬢とセックスする為なら何時間でも待つという辛抱強いタイプの客もいる。

そんな人間の為に、無料で暇潰しが出来る方法が何かないかと考えた時、珠稀が思いついたのが書籍を数多く集めた部屋を新設するというものである。

普通の漫画や一般雑誌を並べた本棚を作っても良かったが、蠢く者を訪れる客層とそのタイプを考慮すると、成人指定の本を置く方が店の雰囲気には合っているし、反応も良さそうだ。

特に女を買う為にやってきている客はすでにその気になっているので、エロ本なら暇潰しに読む気になるかもしれない。

待ち時間が長いなら帰る!という客も、エロ本があればセックス欲を高く維持したままで『これでも読んで待つか』と素直に待機してくれるかもしれない。

よって、少しは売上に繋がるかも……というのが珠稀の案だった。

「あら…。女性向け作品もここに置いてあるの?」

ふと目に留まった作品の題名に、キングは少々戸惑いを覚えた。

珠稀から注文を受けた時、てっきりキングは女性向けのエロに関してはキャバ場や風俗嬢達の待機部屋か、女性客の待合室に置く為だと思っていたのだが、この部屋には両方とも置いてある。

黒服達から受けた説明では、ここは店の店員であるホストや男性客用の貸本部屋だと聞いていたのだが。

「ハハァ…さては君、女性向けのエロ本のエグさを知らないな。俺は今回検品の為に100冊以上を読破して確信したよ。最近の女向けは、俺らが読んでも十分なシコリティがあるってことをね」
「えええ〜?だって女性読者用よ。男には大したオカズにならないんじゃない?」
「そう仰ると思いまして、こちらに店主のお勧めの一冊をご用意しました。騙されたと思って是非ご一読下さい」

わざとらしく慇懃無礼な物言いとともに差し出された本を見て、キングは訝しげな顔をした。

彼がよく目にする男性向けのエロ本は、表紙からして汁ダク女性の卑猥なイラストが描かれている事が多くて読む前からすでにテンションが上がるが、珠稀が勧める本は恥ずかしそうに赤面する露出度の低いヒロインと、微笑みながら彼女の顔に手を添えて顎クイするイケメンが描かれているだけの平凡な表紙なので正直全然そそられない。

本の帯には≪愛が深すぎ、エロも深すぎ、イケメン達に熱い思いを激しくぶつけられ、思わず心も腰も疼いちゃう…≫なんて煽り気味の文章が書かれているけど、ちょっと言いすぎじゃない?本当に?

キングは疑い半分、興味半分といった疑惑の目付きで男と本を交互に見比べると、おもむろに本を手にしてページを開く。

「あらまぁ、イイ男がてんこ盛り。なになに、『全員美形な上に嫉妬深い五人の王子様に取り合いされて困っちゃいます?』はぁ〜、本当に少女漫画とか女の子向けってこういうのが多いわねえ。夢見がちというか、何ていうか…」

男性向け作品に数多く登場してくるヒロイン像も男にとって一方的に都合がよく、夢と欲望を詰め込みまくりな妄想クリーチャーであるのは認めるが、その点に関しては女性向けもいい勝負ではないか。

最初ははーん、とかふーんとか気のない声を漏らしていたキングだが、ページを読み進める程に口数が減少した。

やがて口元に手を当てて考え込む素振りを見せ始め、紙面に落ちる視線が真剣みを帯びていく。

「えっ…、案外凄いわね…ちょっとこれは…大丈夫?」
「なっ、イケるだろ。このページとか、ここのコマとかかなりハードなプレイで結構俺好みなんだけど」
「ウソ、そんな…いけないわ。ねえ?こんなに可愛い子がこんなコトまでしちゃうなんて…ねえ?」

その呟きを最後にキングは一言も発さず読書を続け、結局本編を読破した。

メインのストーリー部分だけではなく、巻末にある作者の後書き漫画や読者から送られてきたファンレターや、≪次はこんなシチュのエッチが読みたいです!≫≪18才〜30代女性に聞いたHの時に彼に言われたい責め言葉ランキング≫等のアンケート項目まで余すところなく読み込む。

パタン……。

キングは静かに本を閉じ、綺麗なネイルアートが施された指先で眉間を押えると、不意に賢者モードに突入したように真面目な表情で珠稀を見返す。

「ドスケベじゃねえか」
「男口調に戻ってない?」

どうやら五代目お勧めの一品は、キングにもご満足頂けたようだ。

今回の本がよほど気に入ったのか、完全にお客様気分なのかは分からないが、キングは珠稀の指摘を無視して他の本まで漁り始めた。

珠稀もまたそれ以降彼の存在を無視すると、黒服とともに本棚の陳列作業を再開する。

珠稀のような立場の人間であればこのような雑務は全て部下に任せ、自室でのんびりしたり何人もの美女を侍らせて酒の相手をさせたり、彼女たちの肉体を好き放題に味わいながら業務完了報告を待つ事も可能であるが、基本的に彼は現場主義の人間だった。

己のテリトリー内で新しい物を追加したり、大きな変化が生じる場合は自分の目で確かめたい方だし、必要とあれば自分も動く。


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