三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldX《前編》】
 




「それにしても、こんなにもよく集めたわねえ。ちょっとした貸本屋くらいできるんじゃないの。普段はやる気のなさそうなフリをしている癖に、旦那って一度やり出すと結構凝り性なのよねえ」
「あっ…。恐れながらキング、あまり書籍に触られない方がいいかと。まだ旦那様に確認して頂く前ですし、万が一表紙が汚れたり紙面が折れたりしますと、我々だけでなくあなた様も旦那様のお叱りを受けますので」
「あら、ケチなこと言わないでよ。だって仕入れに一役買ったのはあたしなのよ?旦那の組織も裏の商売には顔が利くけど、一度にこれだけ色々なジャンルのエロ本の在庫をかき集めるのは面倒だからってあたしの部下にも手伝わせたんだから、少しくらい大目に見てよね」

言いよどむ黒服を前に、キングと呼ばれた人物はにっこりと満面の笑みを作った。

キングがいるのは、膨大な書籍を集めた一室である。

広い空間の中にはいくつもの大きな本棚が規則正しく配置され、書店や図書室と言われても納得できる光景だ。

棚に並ぶ本は一部の乱れもなくきちんと整理整頓されていて、部屋の灯りを受けてほんのり光る背表紙はそのどれもが新品ばかりに思える。

「ですが、一応店の備品になる訳ですし。旦那様の事ですから、『客じゃねえなら金払え』とか言いそうな予感が…」

室内には数名の男が控えていた。

彼らは全員黒い衣装に身を包み、服の上からでも分かる立派な筋肉に覆われた屈強な体付きをしている。

一目見ただけで普通の職業とは異なり、いかにも要人を守るボディーガード、または暴力団関係にしか思えない男達だが、キングに対する言葉遣いは厳つい見た目に似合わず丁寧だ。

「確かに言いそうね。旦那ったら、あたしには無駄に厳しいんですもん。同じ闇の世界に生きる者、組織の長同士だっていうのに狭量よねえ。こんな美人を冷たくあしらうなんて、頭がおかしいんじゃないかしら。ねっねっ、あなたもそう思うでしょ?」
「いえ、その、私は…」
「ああごめんなさい。旦那の下で働いているあなたたちがそんな事言える訳ないわよね?じゃあこうするわ。あたしがしているのはただの売り物確認。仕入れの漏れや商品の破損がないか、仲介役として厳しい目で精査しないとね。いわばプロ意識というものよ」
「はぁ…」
「商品売買以外じゃ一銭もお金が入らないのに、あたしってば親切丁寧な売人だわ」

フフンと得意げに鼻を鳴らし、どれにしようかしら?などと言いつつキングが棚の一つに手を伸ばそうとした矢先、背後の扉がガチャリと開く。

「ごめんねぇ〜、みんな待ったぁ?今やっと残りの分も読み終わったところだよ〜。とりあえずさあ、俺の部屋にあるやつも全部この部屋に運んでくれる?男向けも女向けも、ここに全部まとめてぶち込んで…」

間延びした声とともに現れたのは、炎のように赤い髪が印象的な背の高い青年だった。

耳元の三連ピアス。指に嵌められた複数の装飾品。

彼の手元を飾る髑髏や竜を象ったリングは決して邪魔になるサイズの物ではなく、一流のデザイナーが手掛けたようにシンプルで洗練された形状だが、それでもどこか堅気ではなく、只者ではないという雰囲気を感じさせる。

「……あ?」

赤髪の青年は、ソファーに座っている人物を目に留めた途端、瞬時に嫌そうな顔をした。

「なんでてめえがここにいるんだよ。このオカマ」

ドスの利いた低い声が、キングの頭上に降り注ぐ。

つい数秒前までは軽薄なギャル男やホストみたいな口調だったのに、険しい目付きでキングを睨む彼のオーラはまるで別人だ。

「このクソ忙しい時に、一体何しにきやがった」

聞く者の背筋を震わせるような、暴力的で、ぞっとする声音。

自分に向けられるあからさまな敵意に気付いているにも関わらず、黒髪の美形は素知らぬ素振りで棚から一冊の本を抜き取る。

「だって、商品に不備がないか気になったんだもの。旦那の代わりに色んな問屋に発注をかけたのはあたしなんだから、納品されたブツの品質を気にするのは商売人の基本でしょ」
「てめえの本業は武器商人だろうが。武器に関する事ならいざ知らず、何でエロ本の品質確認にまでしゃしゃり出てくるんだっつーの。てめえはエロの専門職か、エロ本評論家なのか?」
「あたしだって男なんだもの、エロ本に関して感想を述べる資格はあるはずよ。あたしも一人の男として、旦那の店に来る男性客の好きそうな絵柄を推理したりとか、売れそうなジャンルを絞るための助言だって出来ると思うけど?」

───男。

その事実自体はすでに知っていても、目の前に座す黒髪の男の美しさと、彼の女装姿があまりにも様になりすぎていて、黒服たちは未だに信じられない気持ちを抱く。

本物の女優や花魁と比べても遜色ない美貌を持つこのキングという人間は、れっきとした雄であり、女性物の衣服を着ているだけの成人男性だった。

そんな彼が多くの武器商人たちを束ね、闇の武器商人連合のトップであるという事実は見る者に大きな驚きを与えるが、違和感というのなら遅れて入室した男も全く負けてはいない。

この青年の名前は珠稀。そして、彼こそが蠢く者の経営者───噂の黒蜥蜴の『五代目』だ。

黒蜥蜴は闇組織の中でもかなりの巨大グループであり、構成員の数は1,000人を越えている、または優に一万人を超える組員を従えているとも言われており、系列団体の数も30、50、80とされたり、その全てにおいて噂の真相は不明瞭だ。

何がガセネタで、何が真実なのか分からない。

本当の実態は政府にも把握できていないという点が、より一層この組織の得体のなさと不気味さを倍増させている。

そんな組織の五代目として君臨するボスがまだ20代の若者であるという点だけでも十分に驚くべきことだと言えるが、さらにギャップを増加させているのは彼が稀に見る美形であることだろう。

くっきりと弧を描く眉に、綺麗な二重のラインが入った瞳。目鼻立ちがはっきりしたパーツはその一つ一つが整っていて配置のバランスも良い。見事なまでに左右対称な、黄金律の顔立ちだ。

襟足が肩にかかる少々長めの髪型は、トップにボリュームを持たせ、耳後ろからの毛先を外跳ねにして軽さと動きを出したスタイリングで、男らしさとオシャレさが絶妙にミックスされていてとてもカッコいい。

その上180cm越えの長身かつ八頭身という意味不明なスタイルの良さまで備えている始末であり、美的観点から見れば文句の付けどころもない容姿であると断言できる。

ただしこの珠稀という男、しいて言うなら性格には多少の難あり、いや、かなりの難ありというところだろうか。

合理主義で現実主義なのはまだいいとして、甘寧の説明通りかなりのひねくれ者で、根性ワルの皮肉屋だ。

「てめえの助言なんざいらねぇんだよ。ったく、人が徹夜明けで体力消耗してるって時に限って余計な邪魔ばっかりしにきやがって。いいか?俺とこいつらは今から本棚の整理で忙しいんだよ。分かったらさっさと帰んな、カマ野郎」

端正な顔を歪ませ、珠稀が短く舌打ちをする。

キングはそんな男の暴言などどこ吹く風といった様子で、ソファーに深々と身を預けた状態で本を読む。


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