三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldX《前編》】
 




周瑜が戦場で見せる武勇は切り込み隊長を務める甘寧や凌統に全く劣らず、それどころか個々のケースにおいては上回る事がある。

彼の活躍から考えるに、今までに屠ってきた人数が三桁を下る事はない。

三桁越えの殺戮者といえば、立派な大量殺人者だ。

5人、6人といった10に満たない人数でも『何人もの人間を殺害した凶悪犯』という評価を世間は下すので、平和な世の基準に照らし合わせると周瑜の殺傷人数がどれほど驚異的なレベルかというのは想像に難くない。

軍人だけではなく、マフィアやヤクザといった闇組織の中でもその記録を敗れる猛者は滅多にいないと思われる。

そしてそれは、同じ空間にいる他の男性武将たちも同様に。

「お一人で大丈夫なのですか?周瑜殿」

不安げな口調で訪ね、陸遜が身を乗り出す。

「ありがとう陸遜。君や凌統が居てくれれば実際心強いが、私の好奇心に他人を付き合わせるのも忍びない」
「好奇心と仰るということは、仕事上の理由だけではなくという意味ですか」
「どうやら件の店には、甘寧以外に他の身内武将もお邪魔しているようでな」
「身内…?」
「ああ。『蠢く者』の話を名無しにしたら、彼女も何度か訪れた事があるそうだ。甘寧と同じで表立っては周囲には話していないが、問題解決の際に五代目に協力して貰ったこともあるらしい」

妖艶な笑みを浮かべて告げる周瑜の話に、陸遜は動きを止める。

名無しの名前を出した途端、部屋の空気が僅かに変わったのを感じた。

いつもポーカーフェイスで多少のことでは動じない凌統も、幾分驚きを覚えているのか、茶色の瞳を僅かに見開いている。

「甘寧は特に反応がないな。知っていたのか」
「……まあ、色々あったんで」

甘寧は顔をしかめた。

単に説明するのが面倒臭いだけなのか、それとも他の人間に話したくない内容なのか。

甘寧という男の性格上、おおむね前者のように思えるが。

「───初耳だっての」

張り詰めた空気を破り、口を開いたのは凌統だった。

「色々だなんて言葉で簡単に済ませられると、余計気になっちまうんだけど。俺の知らないところで余所の男に会いに行っているなんて、名無しも隅に置けないねえ」

凌統は、ちょっと困ったように眉根を寄せた。

たったそれだけの変化なのに、彼みたいに妖艶な美男子がするというだけで妙に色っぽく感じられる。

「かわいい子には旅をさせよって言うけど、場所が場所なだけに無関心ではいられないな。子猫ちゃんの楽しいお出かけを邪魔する気はさらさらないが、仲間としてはやっぱり心配だし」
「ほう。興味があると」
「ま、無いと言えば嘘になるかな」

周瑜の問いに、凌統が肩をすくめる。

「周瑜さんさえ良かったら、俺も連れて行ってくださいよ。甘寧と名無しのオトモダチがどんな野郎か、この目で確認しておきたいんでね」
「確認という名の敵情視察か」
「そういうこと」

面白そうじゃん。殴り込み。

凌統はそう言うと手にしていた書籍を本の山の頂上に積み直し、ニヤリと笑ってみせた。

その間、陸遜は一言も発せずに周りの会話を聞いていたが、やがて考えがまとまったのか、顔を上げて周瑜を見る。

「周瑜殿。私もご一緒してよろしいでしょうか」

仕事と名がつくものについては普段から熱心な姿勢を見せる陸遜だが、彼みたいに真面目な男性がわざわざ犯罪者たちの根城を訪問する行為に関心を示すとは珍しい。

「君がそうしたいと言うなら構わない。しかし、大丈夫か?」
「何でしょうか?」
「蠢く者は単なる荒くれ者どもの基地ではなく酒場や性風俗、賭場等も併設した複合施設だ。陸遜にも想像はつくだろうが、風俗嬢やホスト達が身に纏う化粧品や香水の香り、そういったものを目当てに訪れる客たちの酒や煙草の煙りと匂い、喧噪で充満している。繊細な嗅覚を持つ君には辛い場所だと思うが」
「ああ…、お気遣いありがとうございます。確かに強い香りで満ちた空間は苦手ですが、この陸伯言、後学の為に是非ともご同行させて頂きたいです」
「そうか。承知した」

柔らかな声とともに、周瑜が陸遜に向き直る。

「今から少し孫策と話があるので、一時間ほど離席する。準備が整い次第、例の店に向かうとしよう」

そう言うと、周瑜は陸遜達に目配せをして退室した。

自分の同席無しに同僚武将達を曰くつきの知人に合わせることに内心納得していないのか、一抹の不安を抱いているのかどうかは分からないが、甘寧もまた己に課せられた任務を遂行するために仕方なくといった素振りで立ち上がり、保管庫を後にする。

彼らの姿を見送りながら、陸遜はここに来る前に自分が見た外の景色をぼんやりと思い出す。

執務室の扉を開けて廊下に出た際、視界に映し出されたのは灰色の雨雲と、風に運ばれた雨によって所々濡れて色が変わっている床だった。

先週はずっと天気が良かったはずなのに、昨日から突然空を覆った雲が太陽を覆い隠し、降り注ぐ大量の雨粒が城壁や地面に落ちて砕け散る。

おそらく、周瑜が戻ってくる頃にはまだ雨は止んでいないだろう。

しとしとと降り続く雨は好きだ。気持ちが落ち着く気がするから。

けれども、雨の日に出陣するのはあまり好きではない。

戦いを終え、城に戻る道を辿っている途中で物陰に身を潜めていた敵兵の奇襲を受けたのも、上空で急に雷が鳴って驚いた馬が暴れ出し、乗っていた武将や兵士達数名がバランスを崩して愛馬とともに崖から落ちて行ったのも、思い返せば全て雨天だった。

陸遜が一息ついて傍にあった椅子に腰かけると、凌統もまたいつの間にか近くの椅子に座っており、机に突っ伏した状態になっていた。

男はエロ本を数冊重ねて即席の枕を作り、そこに顔を置いて目を閉じている。完全な仮眠モードだ。

一番オーソドックスに両腕を枕にして机に突っ伏す『セルフ腕枕』の状態も、本や上着、鞄といったその場にある道具を枕代わりにして眠る『即席枕スタイル』も今から寝るぞ!≠ニいう強い意志を周囲に分かりやすくアピールする為、貴重な仮眠時間を他者に邪魔をされにくいのが利点だ。

凌統の事だからてっきりエロ本の続きでも読んで残り時間を潰すのだろうと思っていたものの、予想が外れたことに陸遜は数回瞬きしたが、すぐに彼の気持ちを理解した。

この後自分たちが向かう場所と外の悪天候を考えれば、そんな浮ついた気持ちなど容易に消え失せる。

(……溜息が出る)

目の前に乱雑に積まれた本。

表紙には若く美しい女性達の痴態が描かれ、皆一様に豊満な胸やお尻を突き出したポーズを取っていたり、謎の液体に塗れた裸体や下着姿で大きく足を開いてこちらを見ていたが、陸遜はもう一度手に取る気にもならなかった。




「あらぁ〜。広くて綺麗で、とってもいい待合室じゃない!?部屋中エロ本しかないのはちょっとウケるけど」

紅く艶やかな唇から、楽しそうな声が零れ落ちる。

声の主は唇と同じ紅い服を纏い、高級ソファーにゆったりと座る黒髪の女性だった。

否、正しくはパッと見は女性に見える人物≠ニいうべきか。

着物を着崩したようなデザインの衣装の胸元や袖、裾には大輪の花の図柄が咲き誇り、長い黒髪を三つ編みにして束ね、耳の上辺りには大ぶりの花飾りがピンで差し込まれている。

そういったファッションに加え、目尻を彩る赤いアイライン、手にした煙管はより一層オリエンタルな風情を感じさせ、まるで東洋の花魁を彷彿とさせるが、女性的な口調と見た目に反し、その声はあまり女性的ではない。

ハスキーという表現の仕方も出来ない事はないが、女性にしては少々低めだ。


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