三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldX《前編》】
 




始めは単に風営法に違反していた店舗を摘発した、押収物はこれだけあるという内容の報告だったはずなのに、いつの間にか男性向けと女性向けエロの話に話題が移り、目的が変わってきている。

「最近我が国でも性風俗関連特殊営業に該当する店舗が増えている事は、先日の議題にも挙がった通りだ」

周瑜は額にかかる前髪を指先で払い、積み上がった本の頂上を軽く叩く。

「こういった書籍の流通も増えてきているし、キャバクラやホストクラブ以外にソープやデリヘルのような性風俗、成人向けグッズを扱う店舗は闇組織の資金集めに使われる場合も多い。であれば、普段からそれらの商売に目を光らせ、定期的に巡回する事も必要だろう」

甘寧に語りかける周瑜の声は、驚くほどに穏やかだ。

彼がゆっくりと瞳を瞬かせる度、その唇を開く度、手足を動かす度に女性達はいつもうっとりと溜息を零す。

無駄に声量を張り上げる事もなく、他者を威圧する事もなく、落ち着いた口調で語られる周瑜の声はいつ聞いても心地よい。

「そして年齢制限有りの書籍を扱う店舗のいくつかを訪問し、何か変わった事はないかと聴収した際、つい最近とある場所から大量の発注が大元に入り、そこに卸したらしいという情報を掴んだ。『蠢く者』という名だ」

───蠢く者=B

それは世間の一般人には全く馴染みのない場所かもしれないが、一部の人間たちの間では有名な店であり、呉のとある場所に存在している。

周瑜がその名を挙げた直後、室内で一人の男だけが瞬時に顔色を変えた。

その様子に気付き、凌統は隣の男に視線を送る。

「それって、確かアレだろう。甘寧、あんたの知り合いが経営している地下組織だよね?」
「……。」

訝る声に、甘寧は何も答えない。

否定も肯定もしない甘寧を真っ直ぐに見つめ、周瑜は微かに笑む。

「甘寧。君がその店にちょくちょく顔を出し、酒を飲んでいるのは知っている。店の主は古い知人だそうだな。そして、堅気じゃない」

……事実だが、どう答えるべきか。

甘寧が考えている間に、周瑜は構わず話を続ける。

「かといって、我々の完全な敵という訳でもない。通常、ああいった組織の多くは反社会的存在として国家とは敵対関係にあるが、中には特定の条件下において協力的な姿勢を見せるボスもいる。私が小耳にはさんだ情報によると、蠢く者の経営者───黒蜥蜴≠フ五代目統領は、君とは友好関係にある」
「……。」
「五代目は君に対して今までにも何度か有益な情報を提供したり、闇社会に生きる者を捕える際の手助けをした事があると聞く。我々も軍という独自の組織や情報網を持ってはいるが、闇組織のそれはまた異なる系列だ。軍では耳に入ってこない情報や道具も、奴らなら手に出来る場合もあるだろう。ましてや、組織の頭となればなおさらだ」
「……。」
「黒蜥蜴は五代目の方針で基本的には堅気には手を出さない方針だと聞いているし、こちらに対して実害がなければ放っておこうと思っていたのだが、今回あの店が成人向けの書籍を多量に仕入れたという話が事実であればいい機会だ。最近正規の届け出を出していない違法営業の店が増えてきているので、店舗型性風俗業を営む店の巡回強化という理由を名目に蠢く者を訪れたい。ついでに、五代目の人物像を確認したいと考えている」

すでに整えられた書類の文章を読み上げるように、周瑜は流暢な口調で話す。

彼の口ぶりはあくまでも静かで優しいが、周瑜がこのような内容を甘寧以外に他の者もいる前で告げるという事は、彼の中では決定事項なのだろう。

おそらくは彼一人の決断というものではなく、彼の親友である孫策や、主君である孫堅の意思を受けての発言なのかもしれない。

「先ほども述べた通り、現時点では黒蜥蜴も『蠢く者』に訪れる無法者たちも、我々と直接的に敵対している訳ではない。甘寧と交流のある知人だと言うのなら、今すぐに事を荒立てるというつもりもない」

言葉の終わりにそう言い捨てて、周瑜がニヤリと唇の端を引き上げる。

「せっかくの友好関係だ。出来ればこのまま何かの際には協力を頼みたい。要するに───使えるモノは犬でも猫でも、蛇でも毒蜘蛛でも構わんということさ」

聞き方によっては人の悪い台詞のはずなのに、甘寧の目に映る周瑜は普段通りの優しい先輩の雰囲気を残している。

多少の毒を吐く程度では、誠実な好青年のままに見える脅威のカムフラージュ能力が周瑜にはあった。

「それなので、心配しなくても大丈夫だ。武力をひけらかしてそこを制圧しようと企んだり、君の友人にいきなり喧嘩を売る気はないよ」
「……あんた程の人がそう言うなら俺は従うけどよ、悪いが俺は今日から性質の悪い水賊の鎮圧に向かう命令を殿から受けている。一緒に店に行く暇はねえし」
「分かっているとも。代わりといってはなんだが、私が様子を見に行こう」
「私が…って、まさか」

一人で行こうというのか。あの場所に。

すでに何度も通って顔馴染みになっているという状態ならいざ知らず、いくら周瑜でも無法者の住処に単独で乗り込むのはさすがにリスクが高すぎる。

驚いて口を挟もうとする甘寧を、周瑜は微笑みながら片手で制した。

「君の言いたいことは分かる。だが交渉事で敵地を訪れる必要が生じた場合、敵意はないと示す為には使者の人数を減らすのが定番とも言える。幸い、私はどちらかといえば中性的な顔立ちだと言われるし、余計な威圧感を与えなくて好都合かと思ってな」

ああいう手合いと対峙する場合、舐められずに済むためには強面で屈強なボディーガードを大勢従えて威圧感を前面に押し出すのがセオリーではあるが、周瑜という男を舐めてかかった場合、被害を受けるのは相手側の方だ。

一見優男風の見た目に騙されて気安く彼の胸ぐらを掴んだ瞬間、そいつの腕は根元から切り落とされるだろう。

「聞けば、地下には大型の酒場や賭場も併設されているそうじゃないか。美味い酒も揃っているそうだし、噂の五代目の顔を拝むのが楽しみだ」
「はあ、マジっすか?確かにあの中に入っている店が出す酒はどれも一級品だわ、イイ女はわんさかいるわで気晴らしに飲みに行くだけならいいっちゃいいが、五代目に会うのはあんまりお勧めはしねけどえな…」
「と、言うと?」
「俺が言うのも何だが、あいつは相当ひねくれた性格の野郎だし、根性ワルで皮肉屋だ」

深い溜息を漏らし、甘寧は眉をひそめる。

「そのくせ大の役人嫌いときているんで、役人相手とあれば本心を隠すに決まってやがる。普通に接するにはさすがの周瑜さんでも手を焼くんじゃねえの。間違いない、賭けても良いぜ」
「はは、面白い。実に手ごたえがありそうでいいじゃないか。黒蜥蜴だけに限らず、この先も反社会組織を相手に交渉事をする機会があるというのなら、そういった人間相手の交渉術を私も学ぶ必要がある」

そんな風に返されると、甘寧としてはこれ以上周瑜を引き留めるのは困難だ。

普通はそういった店に足を踏み入れる、そういった相手と一対一で対峙するとなると強大な恐怖を抱いたり尻込みする人間も多いが、笑いながら語る周瑜にそのような感情は一切見られない。

平時は呉の軍師として平和な世の中を維持するために職務に励んでいるが、いざ戦に出れば勇猛果敢な武将として名を馳せる男だ。


[TOP]
×