三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Another worldW】
 




「秦。貴方のおかげで甘寧殿はあの現場に間に合ったのですよ?『時間稼ぎ』は戦においても立派な戦術の一つです。称賛に値します」
「……陸将軍……」

陸将軍にこんな風にストレートな賛辞の言葉を述べられて、俺は感動で胸がジーンと震えて熱くなっていた。

そんな俺達の光景に、他の兵士達が物珍しそうな様子でチラチラと好奇の視線を注いでいる。

明日の試験に備えて鍛練を積んでいる普通の兵士達しかいないこの修練場に、自分達からすれば雲の上の存在に近い武将達が3人も勢揃いしているのだ。

周囲の騒めきや不穏な眼差しも、無理もない話だろう。

騒ぎだす周りの兵士達の様子を横目で捉えると、陸将軍は突如真面目な顔付きで俺を見据えた。

「……実は先日の貴方の行動が、我々上層部の者達の耳に入ったのです。『数日後に昇進試験を控えている秦という兵士が、一般人と喧嘩をしようとしていた』と。これは参加資格の剥奪条件に値するのではないのか……と」
「……っ!!」

彼の言葉に、俺は信じられない物を見るような目付きで陸将軍の顔を正面から見返した。

あの時、俺が名無し様を守ろうと不良達と彼女の間に割って入った事は、甘将軍と名無し様、そして仲間の同僚兵士達しか知らない情報のはずだった。

「……チクリだな」

そんな事を考えていた俺の心の中を読み取ったかの如く、甘将軍が低い声でボソリと俺の代わりに疑問に答えた。

「どうせあの場にいた誰かが密告したんだろ」
「そ、そんな…」
「まあ…自分と年も能力も大して変わらないお前に先を越されそうになって悔しかったとか、自分の好きな女をお前に取られそうになって腹が立ったとか、そんな程度の単純な理由じゃねえの。人が人をチクッて他人の行動を妨害しようとする時の動機なんて、どうせそんなもんだ」

単に事実を述べているだけ、というような甘将軍の淡々とした言葉の響きが、俺の胸中にグサグサッと深く突き刺さる。


確かに、俺は試験前に騒ぎを起こしそうになってしまったのだから。


言われても、仕方のない事だ。


そう頭の中では納得しようとしているのに、どうにも腑に落ちない事がある。

何というか、言葉ではうまく説明出来ないが、その一言だけでは単純に片付けられないというか、心の中で何かが引っ掛かるモヤモヤ感だ。



「……信じていた仲間に裏切られてショックを受けた、って感じの顔をしてるね。ボーヤ」


相変わらず抜け目のない凌将軍が、黙り込む俺の本心をズバリと言い当てる。

「友情ってよくフレンドシップって言うけどさ、あれってとんだ船…『シップ』だよね。なんたって天気がいい時は余裕で何人でも乗れるが、天気が悪くなるとたった一人しか乗れない船なんだから」
「……!」
「俺も最近知った言葉なんだけどさ。なかなか言い得て妙と言いますか、納得出来る説明だと思わないかい?」

驚愕の色に染まった俺の顔を見て、凌将軍が『ふふっ』と妖艶な笑みを見せる。

「…っ。そんな…違……」

慌てて弁解しようとした俺に、凌将軍が穏やかな表情を浮かべてゆっくりと目を細める。

「おトモダチがおトモダチを裏切る。恋人が恋人を裏切る。子供が親を裏切る。国が国民を裏切る。……『人が人を裏切る』なんて事、この世の中にはいくらでもゴロゴロ転がっているっつの」
「……凌、将軍……」
「信じる、なんて言葉は聞こえはいいけどさ。その気持ちを抱いている当人はいつも相手に裏切られる寸前の状態なんだよね。自分が相手の事を大切だと思っていても、はたして相手も自分の事をそう思ってくれているのかなんて、本人にしか分からない事だしねぇ?」
「……それは」
「『信頼』なんて言葉は何の具体的な証拠も根拠もない、人を見る目も知識もない人間が言った事を疑いもせず鵜呑みにして、自分達は他に類を見ない素晴らしい関係なのだと勝手に信じ込む事だっての」
「……。」
「ま、勝手に一人でマヌケに踊らされていたとしても、本人がその事実に気付いていないか、それでもいいと満足しているなら話は別だけどね。こっちが見ている分には面白いし、笑えるから楽しくて別にいいんだけど」

消え入りそうに小さな声で発せられる俺の返事に、凌将軍がニヤリと口の端を吊り上げる。

彼の言葉はいつも残酷で情け容赦のない言葉だが、言われてみればあながち間違いとは言い切れない世の中の『真理』を突いていて、俺はますます返答に詰まってしまう。


もしかして自分は本当に、自分の知らない所で誰かの恨みを買っていたのだろうか。


目に見えて落ち込む俺の顔を下から覗き込み、陸将軍があやすような仕草で俺の髪に手を添えてくしゃりと掻き混ぜた。

「私が思うに、多分アレじゃないですか。桃香という女性に貴方が告白されて、あっさりと断ったという事件。彼女はモテモテの女性だと聞きますから、貴方のお仲間…いや、違いますね。お仲間だと『思っていた』人間の中にも、彼女のファンか信者がいたんじゃないですか?それで……妬みとか」
「…!!あっ…」

陸将軍の推理を聞いて、俺はハッとしたように大きく目を見開いて顔を上げた。

確かに、一理ある。

自分達が城下町で物見遊山を楽しんでいた時、確かにあの時の自分達は桃香さんの話題で持ちきりだった。

彼女の事を興奮気味の大きな声で絶賛する兵士達も沢山いたし、悔しそうな、憎々しげな様子で『もったいない、もったいない』と何度もぼやいていた兵士達も何人かいた。

でも、いくらそいつが桃香さんの事をメチャクチャ好きだったとしても、心の底から崇拝していたとしても、俺は何にもしていないのに。

彼女とキスをした訳でもあるまいし、きちんと交際もお断りしたのだし、ましてやセックスなんて一度もしていないのに。

たったそれだけの事なのに、人間は気に入らない人間の足をこんなにも簡単に引っ張って、己の私利私欲の為に相手を貶めようとするのだろうか?


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