三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Under WorldX《前編》】
 




扉を開けると、そこは異世界だった。

そんな文章で始まる小説か何かをどこかで読んだ記憶があるが、今まさに目の前に広がる光景の異様さに、陸遜は自分がその物語の世界に迷い込んでしまったような錯覚を抱く。

呉城の地下には、数多くの保管庫が存在している。

食料、水、武器、財宝など部屋によって収納されている物は色々と異なるが、この日彼が訪れたのは『押収品』を収める一室だ。

非合法のドラッグや大量の武器や密造酒に始まり、正規の営業届を出していない店舗から押収した酒やコスプレ衣装、アダルトグッズ、違法植物から輸入法で禁止されている商品、巧妙に作られた偽物のブランド雑貨、etc.

陸遜はそういった品物が運び込まれる現場に何度も立ち会ったことがあり、大抵の物を見ても今更驚く事はないと思っていたのだが、そんな彼の目から見ても本日の押収品の正体とその量にはさすがに圧倒された。

どこを向いても本、本、本。

そこまで広い空間という訳ではないが、15〜20人くらいの人数であれば一度に入って打ち合わせにも使える程度の部屋を埋め尽くす大量の本。

どこか潰れた書店の在庫をそのまま引き揚げてきた、もしくは新たに小さな本屋を開店しようと思っていると言われても納得できるくらいの膨大な書籍が、机の上だけに留まらず床の上にも山積みされていた。

しかも、どれも普通の一般書籍ではない。

表紙からでも明らかに分かる猥褻物。いわゆる成人向け本の倉庫である。

「この大量のエロ本、どうしたんですか?周瑜さん」

トレードマークともいえるポニーテールの毛先を揺らし、凌統が室内を見渡す。

大量のエロ本に囲まれているという特殊すぎる空間に身を置きながら、全く動じる様子がない。

こんなモノは普段から見慣れているのか、それとも本よりも生身の女体の方に興味があるという事なのか、陸遜の瞳に映る凌統はいつもながらの涼しげな美貌を保っている。

「部下の報告によると、先日、該当機関への届け出も無しに年齢制限の書籍を扱っていた店舗の摘発を行った。これはその際の押収品だ」

声のする方に陸遜が振り向くと、そこには凌統に負けず劣らず美しい男性が立っていた。

武者人形のように端正な顔の持ち主は周瑜。

一武将としても軍師としても陸遜の先輩的な存在である彼は、呉の主君・孫権の息子である孫策とは同い年であり、君臣関係を超えた厚い友情で結ばれた義兄弟だ。

文武両道、容姿端麗、頭脳明晰、外交上手、高いカリスマ性。

彼を賛美する為の言葉は数え上げるときりがない。呉に於いては名実ともに軍を率いるリーダー格だ。

「当初店主はしらを切っていたようだが、店の奥を捜索すると思っていた以上に大量の在庫を隠していた。それがこの本の山という訳だ」

周瑜の話によると、その本屋は城下町の一角に店を構えていたそうだ。

店内の品揃えは至って普通の一般書籍ばかりで、一見個人経営のただの本屋に思えたが、その実、一部の常連客や金払いが良いと思える客には店のバックヤードに隠してあった成人指定本を秘密裏に販売していた。

正規の届け出を出している書店であれば、最初から『成人本あり』と表の看板に記載した上で、訪れる客の年齢確認をして販売すればよい。それをしないという事は、訳ありの店だということ。

取り締まる役人達も暇ではない。

少ない部数を特定の大人だけにこっそり卸していたというなら、多少の事は見逃してやった可能性も無きにしも非ずだが、

・住宅地や学校付近に店があった
・許可なく秘密で深夜営業をしていた
・15禁、18禁、成人指定の本はそれに満たない年齢の利用は禁じられているはずなのに、金さえ出せばそれ未満にも売っていた

という違法行為が重なったこと、そして一般市民からの通報が入ったこともあり、この度摘発の流れになったらしい。

「違反商品を全部まとめて没収したのはいいのだが、所轄の保管庫はどこも余裕がないそうでな。置き場所に困り、仕方なく一旦ここに運ばれることになった」
「でしょうね。凄い量だし、俺だって周瑜さんが突然エロ本屋でも始めるのかと思ったっての」

普段の落ち着いた態度を崩さず、ただの業務報告といった口調で説明する周瑜を眺め、凌統は揶揄するように言う。

「これだけあればさぞかし儲かるんじゃないの。見たところ、ジャンルも幅広く押えているみたいだし。男の欲望に応えて、選り取り見取りだ」
「そいつはどうかな」

凌統の台詞を遮り、甘寧が疑問を呈した。

≪魏に張遼あらば孫呉には甘寧あり≫と謳われる甘寧は、孫呉を代表する武将の一人。

呉軍入りする以前は水賊の頭領として鳴らし、無頼漢たちをまとめ上げていたというだけあって、逞しい体躯を持つ長身の美丈夫だ。

普通に立っているだけでも躍動感溢れる若木のようなエネルギーを放つ肉体は、ギリシャ神話に登場する英雄・ヘラクレスを彷彿とさせる。

「ん?どういう意味」
「男の欲望だけじゃないかもしれないぜ」

甘寧は積み上げられたエロ本の山に手を突っ込み、その中から数冊の本を抜き取って凌統の面前に突きつける。

「見ろよ。女向けだ」

甘寧が凌統に示した本の表紙には若い女性とイケメンのカップルイラストが描かれていて、どの女性も顔を真っ赤に染めながらイケメンに抱き締められたり、二人のイケメンに両隣から腕を回されたり、お姫様抱っこされたりしている。

「ははあ。確かに表紙だけ見ると女性向けだけど、ただの少女漫画とかじゃないの」
「表紙は普通に思えるかもしれないが、中身は立派な18禁だった。私も確認済みだ」
「へえ…。周瑜さんが言うならそうなんでしょうねえ。男性向けのエロ本だけじゃなく、女性向けのエロ本も扱ってたってことかい?だったら客層は男だけじゃなかったってことですか」
「何故そう思う」

真顔で告げる周瑜に、甘寧が呆気に取られた顔をする。

「あ?だって、女向けだろ」
「勿論女性客もいるだろうが、女性向けのエロ本を好む男もいるかもしれないだろう」
「いねーよ。イケメンが美人とセックスしていたって、男が読んでもつまんねえじゃねえか。そもそも女向けのエロなんて、たいしてエロいとも思わねえし」
「まあ、百聞は一見にしかずだ。見てみるといい」

そう言うと、周瑜は親指を立ててクイッと甘寧の持つ本を指し示す。

凌統と甘寧は始め、あまり気乗りがしなさそうな表情を見せた。

周瑜に促されたので仕方なくといった素振りで女性向けのエロ本を手に取ると、ペラペラとページをめくっていく。

いきなりエロ部分から見ても良かったが、どんなものかと思い、二人ともとりあえずは最初の部分から読んでみる。

「はあ、なるほどねえ。こんな感じか」
「あーはいはい。『私は何もしていないのに、何故か女にモテモテ大人気のイケメンに言い寄られて困っちゃう!』ってやつ。男向けの『冴えない俺が、美人姉妹に毎日迫られてウハウハな件』みてえな願望丸出しでいかにもだぜ」
「お…?この子いいね。イケメンは気に食わないけど、女の子が全員可愛いから結構見られるかも」
「まあお約束展開って言っちゃなんだけどよ、顔が良くて背も高くて金持ちで運動神経抜群で、なおかつ女に不自由していない上に一切浮気しないとか、そんな野郎は現実には存在しねえんだが」

私の彼氏(夫)はそんなことしない!っていう女もいるかもしれないが、それ、上手いこと隠されて単に気付いてないだけだろ、と甘寧は補足する。


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