三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【悪魔の花嫁V】
 




曹丕の言葉を受けた司馬懿は少しだけ眉間に皺を寄せてしばしの間考えていたが、やがて弾かれたようにハッとした顔をする。

名無しの今立っている場所の真下には、秀英の屍体が埋まっているのだ。

それだけではない。正しく言えば、秀英を含め沢山の若い男達の屍体があの場所には埋まっていたのである。

名無しは自分の事を普段からモテない、モテないと思っているようだったが、現実は彼女に求婚したいと思っている結構な人数の男達がこの城には存在していた。

名無しが普通の町娘だったとしたらまた事情が変わってくるのかもしれないが、この城内に於いてかなり高位の文官として籍を置いている名無しは、年頃の貴族男や高位の文官・技官達からすれば立派な結婚対象の一人だった。

誰にでも分け隔て無く接する彼女の態度、いつもニコニコと穏やかな笑顔を浮かべている柔和な雰囲気は言わずもがな、男達を惹き付けたのはあの司馬懿と共に仕事をしているという事である。

希代の名軍師として噂される司馬懿はかなりの曲者で、かつ女嫌いで通っており、そんな彼が唯一1年以上の長きに渡ってペアを組んでいるという名無しなのだから、さぞかし内面的にも出来た女性で、魅力有る才女なのであろうと周囲の人間達は名無しに対するイメージを勝手に作り上げていた。

その上、曹丕と司馬懿の調教によって日に日に淫らな体付きに作り替えられていく名無しは、日を追う毎に秘めた色気を増し、『どこがどうとは言えないんだけど、なんか色っぽいんだよな』というのが男達の意見であった。

その為、名無しに興味を抱いた男は過去にも何人かいたのだが、その全てが謎の死を遂げていたり、失踪事件に巻き込まれている。

勿論影で動いていたのは曹丕であったり、彼の命を受けた司馬懿だったりするのだが、当の名無しはその事実を全く知らされていなかった。

曹丕が言う通り、今名無しが立っている足元には沢山の若い男達の死体が互いに折り重なるような形で埋められており、巨大桜は彼らの養分をジワジワと根本から吸い上げてさらに見事な桜へと成長していく。


名無しに求婚しようとした男達の遺体。


その養分を吸収して美しい桃色の花を咲かせる巨大桜。



そして最後に、桜の幹にそっと寄り添い、自分の為に死んでしまった男達の命と、その養分を吸い上げている桜の両方からグングンと精気を吸い取っているような────名無し。



「……もう息が詰まる程だ。この世にこれ程美しい眺めがまたとあろうか」


熱病に侵されたように瞳を潤ませ、恍惚の表情でうっとりと名無しを見つめる曹丕の顔は、女であれば誰もが一目で心を奪われてしまうような美男子である。


「……素晴らしい。感動で胸が詰まります。生と死、愛と憎しみ、全てがあの場所に……」


そう言って名無しを見る司馬懿も曹丕に負けず劣らずの色男であるが、彼もまた曹丕と同じくほんのりと頬を上気させていて、僅かに興奮しているようだった。


秀英への思いを馳せ、桜の木を通すようにして秀英に語りかけていた名無しだが、ようやく自分に注がれる曹丕と司馬懿の視線に気付き、訝しげな顔をする。

「どうしたの?曹丕。仲達……」

名無しが男達の方を振り向くと、彼女の髪の毛に付いていた花弁がハラリと舞い、曹丕達のいる方角に向かってヒラヒラと宙を泳いでいく。

曹丕は飛んできた桜の花弁を掌で受け止めると、その花弁を楽しそうに眺め、いつもより機嫌の良い声で名無しに言う。

「……別に。お前には関わりのない事だ。それより名無し、私の為に舞ってはくれぬか。その桜の木の下で。今ここで」
「……え……」
「月光に照らされた夜桜の下、桜吹雪の中で舞うお前の姿が見たいのだ。いいだろう?」
「いいけど…私そんなに上手くないよ?でも……曹丕が望むなら」

曹丕に請われた名無しは、一瞬戸惑うような表情を見せた。

だが、今夜の曹丕は何故か機嫌が良さそうだったので、そんな曹丕の頼みを断って彼の機嫌を損ねてしまうよりも、ここは素直に彼の言う通りにした方がいいと思った名無しは腰に差していた扇子を手に取り、舞いの準備をする。

名無しは文官なので、プロの踊り子のように高度な舞いが出来る訳ではなかったが、上流階級の女性の嗜みとして簡単な舞いを披露する位は出来るのだ。



「では、舞います。美しい夜桜と─────我が君の為に」



名無しはそう告げて桜の木を背にして立ち、扇で顔を隠して『構え』のポーズを取る。

名無しに求婚した男達の屍体の上で、彼女は曹丕の為だけに今から舞いを始める。


(『地下』の奴らにしてみれば、腸が煮えくり返るといった光景だろう)


ククッと喉の奥で笑い、司馬懿は優雅に黒羽扇を揺らす。


しかしそれこそ、殿が先程名無しに仰ったように、奴らにはまるで『関わりのない事』。


そして同じく死んだ奴らが、どれだけ恨みに満ちた呻き声や、憎しみに染まった叫び声を地底から轟かせていたとしても。




残念ながら我々生者には一切聞こえず、全く持って関わりのない事──────。





私の愛を成就させるという事は、お前の身も心も全て私の掌中に納め、お前の魂を食らい、残った骸を魔界に引きずり込むという事になる。


本来愛とは惜しみなく全てを奪う物だ。愛する男に身も心も、魂ごと支配されるなど、それこそ至上の幸福ではないか。


お前も私の妻となり、悪魔の皇子の花嫁になる覚悟が出来たなら、よく覚えておくがいい。


人は一度魔界に堕ちて人間の心を無くしたら、その瞬間からもう元の世界には戻れなくなるのだ。


だから名無し。お前の理想とする『愛の形』と私の理想とする『愛の形』は、必ずしも交錯するとは限らない。




私は確かに『愛』という感情を知っているし、お前の存在も愛しいと思っている。




だが、人を愛する事は出来ても、所詮悪魔は悪魔にしか────なれない。





─END─
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