三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【悪魔の花嫁V】
 




「仕方のない事でしょう」

趣味の良い高級な衣装を身に纏っている司馬懿は、どこぞの王族と言っても通用するような身綺麗な外見をしている。

だが、その辺を歩いているタチの悪い不良やチンピラ達とは比べ物にならない位の、ダークな迫力と威圧感を備えていた。

「まあ、名無しは秀英が無事でいて、今もどこかで生きていると信じているのですから、今の名無しに真実を教える必要性もありますまい。うちの奴の性格上、秀英の生死以前に奴が《ロミオ》だったと知っただけでショックを受けそうですからな」
「そういう事だ。いずれ何かの拍子に真実を知ってしまう分には仕方ないが、当分名無しには───そのように」
「存じています」

曹丕の言葉が終わらないうちに、司馬懿はそう言って頭を下げた。

二人がそんな話をしていると、ようやく名無しが両手に酒と食料を携えて、曹丕達のいる場所に向かって一直線に走ってきた。

「遅くなってごめんなさい!色々と掻き集めてきたんだけど、大した物が残って無くて」
「…おい。何で芋焼酎なんだ。私は麦がいいと言ったはずだが。それか米だと…」

名無しの持ってきた酒のラベルを見た曹丕が、不満そうな顔をする。

「だって…麦焼酎の残りは典韋が飲んじゃったみたいなの。米焼酎は夏侯惇が残りを全部…」
「あいつら……」

飲み過ぎだ、と呟いて、曹丕は仕方なくといった素振りで名無しが持っていた酒の瓶を受け取る。

お望みの物が入手出来なかったせいで曹丕が少々不機嫌になってしまっている様子を見て、名無しは抱えていた大きな袋を開け、中から小さな瓶を数本取り出す。

「梅酒なら沢山あるよ!曹丕、良かったら…」
「梅酒は女の飲み物だ。お前が飲め。私と仲達は芋焼酎でいい」
「おつまみはスルメとイカの薫製と豆菓子と、あとお煎餅と…三色団子もあるよ。この辺に広げて置いておくからね」

名無しは用意してきたコップを出して人数分の酒を注ぎ、つまみの食料も手際よく入れ物に乗せて絨毯の上に並べていく。

「仲達。お前の言っていた三色団子がきたぞ」
「ご遠慮します」

そうか、と笑った曹丕の目が、チラリと司馬懿を見る。

何の話をしているのかと思って名無しがそんな二人の仲睦まじい光景を見ていると、司馬懿が『見物料を取るぞ』と言ってきたのでいつも通り不毛な言い合いになった。

名無し達はしばらくそんな感じで食べたり飲んだりしながら夜桜を鑑賞していたが、やがてお腹が一杯になってしまった名無しは一人席を立ち、ゆっくりと桜の方に向かって歩いていった。

木の前に辿り着いた名無しはそっと幹に手を置いて、木の大きさを確かめるみたいにして上空を仰ぐ。

「大きいなあ……」

樹齢何年位経っているのか全く想像が付かない、立派な桜の木。

昼間城の窓から見ている桜の木も十分綺麗だけれど、夜の闇の中で月の光に照らされた桜の花というものはまた日中にはない妖しい美しさと幻惑性を秘めている。


(……秀英殿)


貴方は今どこで、一体何をしていらっしゃるのでしょう。


もう二度とお会いする事は出来ないかもしれないけれど、どうかどうか御元気で。


あの時貴方の口から出た告白とプロポーズが果たして本気だったのか、それとも冗談半分だったのか、今となっては確かめる術は無くなってしまったけれど。


例え嘘でも、私は本当に嬉しかった。


曹丕や仲達以外で私と仲良くしてくれて、私の事を好きだと言ってくれた貴方の事は一生忘れません。


例えどれだけ長い年月が流れていったとしても、私、貴方の言葉を忘れません。貴方の笑顔を、暖かい口付けを、その全てを忘れません。



────永遠に。



心の中でそう呟いて、名無しは桜の木に寄り添うようにして静かに体を預ける。

ぴったりと、名無しが己の頬を寄せて瞼を閉じたその時、急に強い風が名無し達の周囲に吹き荒れて、桜の枝が大きな音を立てて揺れた。


桃色の花びらが風の流れに乗り、辺り一面を覆い隠すような強さで猛烈な桜吹雪となって名無し達の周囲を取り囲む。


バサバサバサッ。


突然襲いかかってきた突風に、曹丕と司馬懿は何事かと思い、花びらが目に入らないように目を細めたまま桜の木を見る。



「……お……」



桜の方に顔を向けた途端、曹丕と司馬懿は互いに硬直し、言葉を失った。


そこには、名無しが立っていた。


月の青白い明かりが上空から降り注ぎ、名無しと桜の両者を中心にしてぼんやりと周囲を照らしている。

月光を浴びた桜の木はまるで内側から発光しているような淡い光を枝先の1本1本、花びらの一枚一枚からボゥッ…と放っているように見えた。

そして木の幹にもたれかかっている名無しと言えば、彼女の周りを取り囲むようにしてハラハラと花びらが降り注ぎ、名無し自身もうっすらと薄目をあけてその光景を見守っている。

彼女の髪の毛、衣装の所々には飾り物のように桜の花びらが付着し、それはまるで夜の暗闇に突然出現した桜の精を思わせた。

キラキラと、月の光が彼女を照らす度、名無しが身に付けている金属の髪飾りや腕輪、ネックレスなどの装飾品がキラリと閃き、月光のせいか彼女の素肌も普段より幾分青白いものに見えた。

「……仲達よ」
「はっ。如何なされました、殿……」
「私は桜鬼を見つけたぞ」
「!!」
「やはり桜鬼は現実に存在していたのだ。見ろ。名無しの姿を。そして名無しが立っているあの場所を」
「殿……」

桜の下に立つ名無しをしげしげと見つめながらそう司馬懿に告げる曹丕の声は、興奮からか熱っぽく掠れていた。


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