三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Another worldW】
 




その私用というものは、名無し様にお仕えしている女官の一人が来月結婚する事になり、全体的なお祝いとは別に名無し様が個人的にその女官へのお祝いの品を用意していたという事。

呉国でも評判の良い金細工の小物を扱っている店が城下町の中にあって、名無し様はその店の主人に頼んで特注の髪飾りやアクセサリーを作って貰っていたそうだ。

その注文の品が先日完成したという知らせが店の店主から名無し様の耳に入り、結婚式前に一日でも早く女官に渡したい、と思った名無し様は昼休みの時間に気分転換も兼ねて城下町に出る事にした。

たまたまその日の名無し様と甘将軍は休憩時間が一緒になって食堂で鉢合わせとなり、二人で昼食を取っていた。

食事中に名無し様本人の口からその話を聞いた甘将軍は、『一人で出かけて何かあってはまずい』と言って、名無し様と一緒に城下町へ繰り出した。

地図を頼りに目的の店を探していた二人だが、甘将軍がちょっと目を離した間に、名無し様は彼の傍から忽然と姿を消していた。

ウロウロしているうちに迷子になりやがったか、と思った甘将軍が今まで歩いてきた道を一旦戻って名無し様を探していると、ちょうどあの時の現場に差し掛かったという事であった。

「名無しったらまた城下町で迷子になったのかい?『人通りの多い場所で名無しから目を離すと危ない』って、周瑜さんも前に確かそんな事を言ってた記憶があるっての。子猫ちゃんはつくづく男泣かせの困った子だねえ。ふふっ」
「ったく…。まさかあの一瞬でいなくなってるとは、俺も夢にも思わなかったぜ。噂には聞いてたが、あの速さはねーよ。その結果があの事態じゃねえか。もうあいつと外に出る時は、首根っこに首輪と紐を付けて連れ回す事にするぜ」

甘将軍の話を聞いて面白くてたまらないといった面持ちで、凌将軍がクスクスと楽しげな笑い声を漏らしている。

そんな彼の姿とは対照的に、当の甘将軍といえばムスッとした様子で整った顔に渋面を作り、ほとほと呆れ果てたというような口振りでぼやいていた。


凌将軍と、甘将軍。


こうしてお二人の姿形をすぐ近くで見てみると、両者の異なる点が面白いほどによく分かる。

凌将軍の端整な美貌にはどことなく甘さが感じられ、色っぽい流し目といい、軽い感じの口調といい、軟派男の色見本みたいな感じだった。

それとは全く正反対で、同じ美男子でも甘将軍の容貌には一切の甘さが感じられない。

刃物のように鋭利な双眼といい、歯切れのよくて力強い声のトーンといい、見るからに体育会系の男の匂いがする。

極限まで鍛え上げられた互いの肉体美を比べてみても、二人の違いは明らかだ。

凌将軍は着痩せするタイプの引き締まった肉体のようで、一見細身だと勘違いされやすそうな感じだが、甘将軍は筋骨隆々といった体躯の、より男らしさを全面に感じさせるような逞しい体付きをしている。

凌将軍の事が好きだという女性のタイプと、甘将軍の事が好きだという女性のタイプは、きっと綺麗に区分けされるに違いない、と俺は思った。


「───すみません。業務上の都合でここに来るのが遅くなりました」
「…!陸将軍…!?」


そんな事をぼんやりと考えていると、今度は俺の目の前に陸将軍が姿を現した。

「お疲れ様、陸遜。今日の分の仕事は無事終わったのかい?」
「いえ…。やりたい事はもう少々残っているのですが、遅くなると思ったので先にこちらの用件を片付けてから仕事の続きをする事にしました」

年下らしく、凌将軍と甘将軍に礼儀正しくペコリと頭を下げて挨拶する陸将軍は相変わらずの煌めいた美少年だった。

風に吹かれてサラサラと流れる柔らかそうな髪の毛に、意志の強そうな瞳。

女性顔負けの長い睫毛に、スッと通った鼻筋、形の良い薄い唇。

凌将軍や甘将軍とも異なった、別の種類の『美』の形がそこにはまさしく存在していた。

うまく言葉では説明がつかないが、美周郎と名高い周将軍もまたこの3人とは違った感じの美形なんだよな。

美形武将が多いと言われている呉軍だけど、こうして見ると彼らの麗しさと鮮烈なオーラに圧倒されてしまい、俺は何とも言い難い居心地の悪さを感じてしまう。

それはまるで見事な体躯と大きな翼を兼ね備えた美しい白鳥達の群れの中に、一匹だけごく普通のアヒルの子供が混ざってしまったような、そんな感覚。


な、なんか俺…、ものすごくこの場で一人だけ浮いてないか?


「久し振りですね。秦。元気そうで何よりです」
「陸将軍、お久しぶりです。俺の事覚えて下さっていたのですか!?」
「話は甘寧殿から聞きました。先日は城下町にて名無しを助けようとしてくれたそうですね。まずは私からも礼を言わせて下さい。彼女を守って下さって、有り難うございます」
「いえ。そんな……」

若き天才軍師として国内外問わず噂される陸将軍が、彼のような人物にとって取るに足らない存在であろう俺みたいな一般兵士に深々と頭を下げている。

甘将軍も凌将軍も、そしてこの陸将軍も俺が名無し様を庇おうとしたというだけで、こうして執務の合間の時間を割いて俺の所までわざわざ来て下さったという事だ。

俺の事を『お人好しだ』と馬鹿にしていた、あの気高くプライドが高い陸将軍までもが礼を言いに来た現実に、今更ながらに名無し様がどれだけ彼らにとって大切な存在なのかという事を、俺はこの時つくづく思い知らされた。

「や…やめて下さいよ陸将軍っ。そんな風に言って下さっても、俺…実は大したこと何もしていないんです。俺は結局…何のお力にもなれなくて……。最終的には甘将軍のおかげで事無きを得たようなものだったので……」

こんなにも高い身分の方々に頭を下げられる事なんて全然慣れていないせいか、ついオドオドしたような、どもったような返事の仕方になってしまう。

だが陸将軍はそんな俺の事など全然気にしない様子で、いつも通りの爽やかな笑顔を俺に見せ付けた。


[TOP]
×