三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【悪魔の花嫁V】
 




二重瞼、一重瞼、丸い目、切れ長、吊り目、垂れ目、三白眼、大きな目、小さい目と目には色々な種類があるけれど、どれが一番魅力的かなんていう基準はそれこそ『人それぞれ』としか言いようがない。

しかし、世の中には別段美しいという訳でもなく、ハンサムという訳でもなく、大して顔が良い訳でもないのに異性にモテまくり、不自由しないという人間がいる。

そういった男女は大抵口が上手いか、異性に対して普段から思わせぶりな態度を取っているか、露出の多い服を着たりしてセックスアピールしているかのどれかに当てはまる事が多いのではないかと思われる。

だが、そのどれにも当てはまらないのに何故か異性の心を惹き付けて離さない。顔もいい訳でなく口も上手い訳でなく、異性に冷たい上ガードも堅そうなのにやたらとモテる…という場合はまず『眼』が人並み外れて魅力的なのではないかと名無しは思う。

それだけでは物を映すだけの、ただのガラス玉のような眼球から何かの『光』が放射された時、人間の瞳は初めて異性の心を揺さぶる力を発揮する。


ガタン。


おもむろに椅子から腰を上げ、曹丕がその場で立ち上がる。

カツカツカツ。

ゆっくりと、それでいて規則正しい靴音を響かせてこちらへ歩いてくる曹丕を視界に捕らえつつ、名無しは何一つ身動きできずにそんな彼の接近を黙って待っている事しか叶わない。


視線が、離せない。


(う…動けないっ)


─────神様。


「神や仏にあの男の安否を尋ねても無駄な事。私なら────」


諭すような、少しだけ甘い声で囁かれ、名無しは弾かれたように男を見る。

彼の口から漏れる声は自分と同じ人間の物とは思えなくて、まるで悪魔のような残酷さと妖しい魔力に満ちている。

「曹丕の言う事を聞けば…私が曹丕の物になれば秀英殿の命を助けてくれるの?」

ゴクリ、と名無しは自分の喉が微かに鳴る音を聞いた。

名無しが何でも言う事を聞くならば、代わりに名無しの望みを叶えてやる、とでも言いたげな曹丕の口調。

これを悪魔の囁きと言わずして何と言おう。


「……曹丕。私は───」


カツン。


観念したようにガックリと頭を垂れる名無しの前で、男の足音が止まる。

「あ……」

その瞬間、泣き声に近い声が漏れて、涙に濡れた名無しの瞳が曹丕を見上げる。

哀願するような瞳で自分を見つめる彼女の悲痛な視線を受け止めながら、曹丕は支配者の威厳に満ちた声で穏やかに名無しに告げた。

「ふ……、言うな名無し。借金のカタのように無理矢理言う事を聞かせ、抜け殻のようになったお前を手に入れて私が本当に喜ぶと思うのか」
「……曹……」
「富も権力も、国も女も、あくまでも己の力で手に入れぬ事には私のプライドが許さん」

秀英の命を人質に取って手に入れる告白ではなく、名無しが心から誓う忠誠の言葉を名無しの口から引きずり出したいと曹丕は言うのだ。

一度こうだと決めたら自分の望みの物が手にはいるまで決して容赦しない曹丕の性格と普段からの言動を思い出し、ぶるり、と名無しの意思とは無関係に体が震える。

(ああ……、全然違う)

秀英の目も確かに魅力的と言えば魅力的だが、曹丕や司馬懿も彼に負けない位相当魅力的な目をしている。


しかし。


この二人は爽やかな好青年のイメージが強い秀英とは決定的に『男の質』が異なり、どちらかと言えば悪い男の類で、女心を好き勝手に弄ぶ節がある。二股三股四股五股、力ずくでの強姦行為位も顔色変えずに平気でやってのける事だろう。

だが、そういう悪魔的とも言える程の魔性を秘めている人間だからこそ、彼らの瞳は不思議な光線を放つのである。


「私に媚び、秀英を助けてやりたいか?」


普段と全く変わらない、曹丕の冷たい声。

いつもと変わっていないはずなのに、どこか名無しの反応を楽しむような、悪戯な様子が混じっている。

「わ…た…し……」

喘ぐようにして動かした名無しの唇が、切れ切れに言葉を刻む。

ふと曹丕の背後にある部屋の窓に視線を注いでみると、もう外は完全に真っ暗な状態になっていて、丸い月が冴えた輝きを天空で放っていた。

バタバタッ、と音を立てて強い夜風が吹き付ける度に、暗闇の中でピンク色の小さな光がチラチラと閃く。

まるで狂ったように夜桜の花びらが舞い散る、風の強い夜。


そう言えば名無しが初めて曹丕に抱かれたあの日も、夜風が冷たい夜だった気がする。



(こんな夜は、ろくな事がない)



名無しは確か、あの夜もそう思った。





「さて…どうするかな。私の忠告を素直に聞かず、生意気にも意見してきた聞き分けの悪い女を躾けるには」

曹丕は名無しの顔をじっと見つめてそう言うと、冷酷に目を細める。

曹丕の言う事は何でも聞きますと名無しは言った。その代わり、秀英だけはどうか助けて下さいと。

涙ながらにそう懇願する名無しの姿を認めた曹丕は、何故かそんな名無しの態度に余計に怒りを覚えているようだった。

どうして自分の発言が曹丕の怒りに火を注ぐような真似になってしまったのか、名無しには分からない。

だが一つだけ確実な事は、曹丕は今名無しの言動にとても怒っているという事である。

ただでさえ怖くて冷酷な皇子として有名な曹丕なのに、怒っている曹丕はどれ程恐ろしい事だろう。

そう考えると、一層恐怖心で名無しの体が固くなっていく。

「あ、あの……」
「服を…脱げ」
「……えっ?」

名無しが何か言おうと口を開いた直後、曹丕は低く短い声でそう告げた。

「私に口答えをするような身の程知らずな女にそんな高級服は必要ないだろう。───全部脱げ」
「えっ?い、今ここで?でも……」

驚きの後、急激に恥ずかしさが込み上げてきて、名無しは見るからに頬を真っ赤にして狼狽える。

だが、仕事の上でもプライベートでも自分のご主人様である曹丕の言う事には逆らえない。


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