三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Another worldW】
 




(喉が渇いたな……)

今思えば、朝から水すら一口も飲んでいないや。

あ…でも、何か飲み物を買いに行きたいと思ったけど、財布を忘れた。しまったな。

ぼんやりとした頭でどうしようか考えていると、どこからともなく数人の女官達が姿を現して、俺の方まで一斉に駆け寄ってきた。

「秦君っ。このタオル、良かったら使って下さいっ」
「冷たいお茶を持ってきたの。まだ氷が溶けてないから、今の内に飲んで…」

俺の周りに詰め寄った女の子達は、そう言って次々に色んなものを俺の前に差し出してくれる。

ど、どうしようっ。

全くの見ず知らずの彼女達からこんな物をあっさり受け取ってしまっていいのだろうか。

「あの…でも俺、今日財布忘れちゃったんだ。お茶のお金も払えないし、タオルのお金も…」

付き合っている彼女だというならいざ知らず、何の縁もゆかりもない相手に自分の世話をさせてしまうなんて忍びない。

困惑したような眼差しで彼女達の顔を見返すと、全員口々に『お金なんていいの!!』と言って俺に品物をグイグイと押しつけてくる。

ここまでされてしまっては、受け取らない訳にもいかない。

そう思った俺は彼女達に向かって笑顔を見せると、素直な感謝の気持ちを口にした。

「実は丁度喉が渇いていたし、汗も拭きたいなって思っていたんだ。助かるよ。でも…ほんとにいいの?」
「何を言っているの。いいに決まっているじゃない!私達みんな秦君の事応援しているんだよ。秦君…試験頑張って!!」
「有り難う。俺、君達の為にも精一杯頑張るよ」

そう言って差し出されたタオルとお茶を受け取ってニッコリと微笑むと、女の子達の顔が瞬時に真っ赤に染まる。

何度も『頑張ってね』『試験見に行くよ!!』と言って大きく手を振りながら、彼女達は自分達の持ち場へ去っていった。


そんな彼女達を見送りながら幸せ一杯の顔で冷たいお茶を飲んでいると、不意に背後からパチパチ…というやる気のなさそうな拍手の音が俺の耳に届いてきた。


「いやぁ〜、秦君ったらいつのまにそんな人気者になったんだい?お姉様達のハートをがっちり掴んじゃって、なかなか隅におけないねぇ。生意気だっての」
「り…凌将軍っ!?なっ、何で貴方がこんな所に……!?」


拍手の音に振り返った俺の目線の先には、こちらに向かって歩いてくるスラリとした長身の美青年の姿があった。

女性達の間で呉国一、いや、三國一の色男との誉れも高い────凌将軍である。


「いよいよ明日が待ちに待った二度目の昇進試験だねぇ。初めて会った時にはただの兵卒だった秦君が、これに受かれば次は卒伯か。なんとも順調なペースだねえ。秦君ファンのお兄さんとしては、とっても嬉しいよ」
「はぁ…!?何が秦君ファンなものですか。いい加減な事を言って、俺の事をからかうのはやめて下さいよっ」
「からかってなんかいないっての。素直な賛辞の言葉は受け取っておくのが処世術ってもんだよ?ところで秦君、さっきの女の子達はどういう知り合いなのかなぁ。結構可愛い子も何人か混ざっていたよねえ」
「そんな事、知りませんけど……」
「またまたぁ。しらばっくれちゃって。あの子達の誰かが秦君のカノジョ?それとも全員?一人何発くらいかましたの。さっきの子達、お兄さんにも紹介してくんない?」
「な、何もしてません!全然知らない女の子達ですよっ。ていうか…本当に何しにここへいらっしゃったのですか!?凌将軍っ」

相変わらずの軽いノリと口調で意味不明な質問をしてくる凌将軍をキッと強い目付きで睨み付け、大いなる誤解の言葉を真っ向から否定する。

どうもこの人は『好きな相手以外には興味が無い』『本命の女性以外とはセックスなんてしない』という俺の主張が有り得ないと思っているのか、今一つ信用されていないようだ。

嘲笑気味の薄い笑みを貼り付けて俺に笑いかけてくる凌将軍の眼差しには、何とも形容し難い艶めかしさと色っぽさがある。

一見人懐っこそうな微笑みをたたえている凌将軍の美貌だが、本来の彼自身の姿が果たしてその通りの友好的な好青年なのかどうかは、謎だ。


凌将軍の軽さや冷たい眼差しが彼の本心を隠すベールのような役割を担っているという事を、俺は遅まきながら最近ようやく気が付いた。


「何しにって、さっき言った言葉通りだよ。アンタの昇進試験の合格を願ってちょいと様子を見に来てやったのさ」
「えっ。そ、そんな……。俺みたいな一兵士の為に、凌将軍がお忙しい業務の合間をぬって……わざわざですか?」
「まあね。今日仕上げなきゃいけない書類も呂蒙のオッサンにお届けした所だし、時間もあったからついでにアンタの顔も見に来てやろうと思ってねえ。ま、正直言うと他にも別件の理由があるんだけど…」

真面目な目付きで俺の問いに答える凌将軍の面持ちからは、つい先程までの軽薄な色が消えている。

何かを気にしているような素振りでちらりと後方を見た彼の視線を何気なしに追ってみると、俺の視界に見覚えのある人物の姿が飛び込んできた。

「甘寧。この坊やが秦だっての。アンタが探してたのはこいつだろう?」
「かっ……。甘、将軍……っ!?」

クイッ、と軽く顎をあげて俺を指し示す凌将軍の背後には、例の甘将軍がいつの間にやらポケットに両手を突っ込んで立っていた。

俺なんかに気配を悟られるような技量の人々ではない事は十分承知の上ではあるのだが、こんなに近くまで接近していても全く気が付かなかった。

「よう。見ねえ顔だが、うちの兵だったとはな。お前が秦って野郎か。顔と名前はこれでしっかり覚えたぜ」
「は…はいっ。甘将軍。お、俺なんかの名前を覚えていただけるなんて…光栄ですっ」

俺に語りかけてくる甘将軍の口元から、白く並びの良い歯がきれいに覗く。

緊張感でガチガチに固まった表情で恐る恐る彼の顔を見返すと、甘将軍はまるで心の奥底まで見透かすような強い視線で俺の両目をじっと見ていた。

「…お前…、少しだが…『混じって』んな」
「───えっ?」

低く唸るような声が一瞬、甘将軍の唇から押し出される。

『混じって』いるって、一体何の事だろう。

何とも意味深な彼の言葉に、俺の脳内に『?』という疑問符が飛びまくる。

しかし次の瞬間には、そんな発言など無かったかのように彼はさらりと話題を変えていた。

「先日は名無しが世話になったな。とりあえずはあいつの代わりに礼を言っておこうと思ってよ」

甘将軍が説明してくれた話によると、先日名無し様と甘将軍はちょっとした私用の用件があって、完全なるプライベートで城下町に買い物に出かけていた所だったのだ。


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