三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【悪魔の花嫁V】
 




(秀英殿に嫌われる。軽蔑される)


曹丕と司馬懿以外、初めて長い時間を共にし、心を許せる相手に出会った事を考えれば、あまり考えたくはない可能性。

しかし、世の中には何事にも『絶対』というものはなく、例えどれだけ自分が頑なに秘密を守っていても、どこからも一切バレないという確証はない。可能性はある。

やっぱり、いつかは嫌われる。

「そ…そんなっ……」

泣き声にも似た悲痛な呻き声を漏らし、名無しはブンブンと頭を振る。

今の名無しは、髪の毛一本から足の爪先まで全てが曹丕達の色に染められている。

曹丕と司馬懿の監視下にいるせいか、彼の物になってからは彼ら以外の男性と親しくする機会を得る事が出来なかった。彼ら以外の男性に抱かれる事もなかった。

つまり、感じる事も、喘ぐ事も、悶える事も、全て曹丕と司馬懿によって教えられた事で、何もかもが彼らの好みに、そして彼らが求めるままに自分は反応を示すように改造されている。

考えてみれば、世間的に自分がどんなタイプの女に位置しているのか、名無しは想像した事がない。

積極的な女、テクニシャンな女、甘え上手な女、受け身な女、媚びる女、なかなかセックスさせない女。焦らし上手な女、男心を煽るのが得意な女、どこまでも従順に従う女。

世間には様々なセックスタイプの女がいるが、自分はどのタイプに当てはまる女なのだろうか?

自分は曹丕や司馬懿の望むままに応え…いや、正しくは無理矢理応えさせられて、好みの女に変化する事を余儀なくされてきたのだが、曹丕達の言う『マゾ女』というものは秀英のような世間一般の男子の目からすればどんな風に思われるのだろう。好かれるタイプなのだろうか。ドン引きされるタイプだろうか。

マゾとかサドとかそんな性的嗜好の世界に限らず、曹丕や司馬懿に認められるという事は、世間一般の普通の男子の目から見ても最高にヨダレが出るいい女だという事だ。

運が良いのか悪いのかは分からないが、彼ら好みの女に調教されるという事はそういう事なのだ。

プロの調教師である司馬懿の指導の元に、曹丕好みの女に育て上げられていくという事は色気においてもテクニックにおいても感度においても、究極のセックスドールにされていくという事。

まだ調教半ばというだけあって中途半端な段階ではあるが、すでに名無しは二人の手によって、情事の際に見せる淫靡な姿態や悩ましい喘ぎ声、媚びるような眼差しや男性器を絶妙に締め付ける内部の作りなど、その辺の男であれば1度セックスしただけでメロメロになってしまうような要素を兼ね備えていた。

だが、哀しいかな当の名無しはそんな事を知る由もなく、いつもいつも曹丕達に叱られてばかりで自然と自己評価も低くなり、それに引きずられるように女としての自信も日に日に減少していた。



でも、それでも。


(秀英殿……私……)


それでもやっぱり、私…秀英殿の事が気になる。こんな自分の事を好きだと言ってくれた、秀英殿の事がどうしても心に引っかかる。

それは甘い棘のように名無しの心の奥深くに突き刺さり、ジワリジワリと内部から蜜のような物を垂れ流していく。

ピカピカに磨かれた楕円形の鏡に映る名無しの顔は、苦しげに歪んでいた。


ああ…秀英殿。貴方の事は好きだけど、私、何だか嫌な予感がする。


好きだけど。でも────。


ガチャリ。


何かが外れるような音がして、名無しの部屋の扉が内側に開く。

何事かと思って音のする方を振り返ると、見慣れた男の姿が名無しの視界に映し出される。

「女は鏡を見るのが本当に好きだな。何度見たって同じ顔だと分かっているのに、何だってそう無意味に何度も覗くんだ。一日に二回以上鏡を覗く女というのは、ただの自分大好きなナルシストという事か?」
「……仲…、達……」
「何回しつこく覗こうが、見る度に美人な顔に変形するという訳でもない。見れば見る程に自分の顔の程度を思い知って不快な気分になるだけだと言うのに、女の鏡好きは未だに謎だな」
「……。」
「≪鏡よ鏡よ鏡さん、どうかお願いです。目が覚めたら私を世界一の美人にして下さい≫と呪いでもかけているのか?それこそ無意味な事だ。5分も10分も鏡を見つめている暇があったら、整形費用を稼ぐ為に働く方が堅実だ」

美しいアルカイックスマイルを浮かべつつ、相変わらず名無しに浴びせられる司馬懿の言葉は辛辣だ。

それでも名無しはこんな事はいつもの事とばかりに司馬懿をキッと睨み付け、気丈にも反論を試みる。

「こんな夜遅くにどうしたの?仲達。何の断りもなく女性の部屋に入ってくるなんて。いくら貴方でも失礼でしょう?」
「女性の部屋?何だそれは。お前、私に女として意識して貰えるようなタマだと思っているのか。自分の事を」

ぶっきらぼうに吐き捨てて、司馬懿は手にした書類をドンと名無しの机に乗せる。

「明日の朝イチの会議で使う資料だ。寝る前に目を通しておけ」
「ええっ。こっ…こんなに…!?」
「これはお前のしゃべる分だから、私の分に比べれば遙かに少ない。本番で間違える事のないように、一語一句ちゃんと暗記しておけよ。そうそう…前から言いたかったのだが、緊張すると話している最中に舌を噛む癖、何とかならんか」
「うっ。そ、それは…」
「人前で恥を掻いても、私は何一つ助けてやらんぞ」

いつも通りの憎まれ口を叩きつつ、司馬懿の鋭い眼光が、目の前にいる名無しに何故か絡まない。

名無しと話をしているというのに、司馬懿の心はどこかここにあらずといった様子で、何か別の事に考えを巡らせているようだ。

(何を考えているんだろう?)

司馬懿の心の中を、何か大きな事が占めている。彼の思考は今他の事に向けられている。何故か、そんな気がした。


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