三國/創作:V 【悪魔の花嫁V】 「積極的な所が、僕のいい所だって言われるんですよ。この調子でこれからは遠慮無くガンガン攻めていきますよ。あ、迷惑だったら今の内に言って下さいね!」 言葉通りおとなしく引くような態度は微塵も感じられないが、こんな風に明るく笑いかけられてしまうと憎めないのが秀英の不思議な所だ。 だが、屈託のない笑顔で語りかけてくる秀英の『告白』を聞いた名無しは哀しげに表情を曇らせ、困ったように黙り込む。 俯いたまま秀英の顔を見ようとしない名無しの行動を訝しみ、名無しの顔を下から覗き込むようにして秀英が声をかける。 「名無し殿…どうしたのですか?そんなに哀しそうな顔をして…。普段の貴女らしくないではないですか。僕が急にこんな事を言い出したから驚かれているのですか。それとも…僕の事が本当はお嫌いですか?」 心底心配でたまらないといった顔をして、秀英が名無しに低い声で問いかける。 秀英の大きな手で掴まれた肩から彼の暖かい体温が伝わり、名無しはどうしていいのか分からず棒立ちになった。 自分の問いかけに一向に答えようとしない名無しの態度を、拒絶の言葉だと受け取ったのだろう。彼女の肩に置かれていた秀英の手が、僅かに震えた。 「……好き……です。秀英殿の事は……きっと……好きなんだと思います……」 詰まりながら吐き出す声に、名無しは自分の指先から身体ごとビクリと震えるのを感じていた。 「……本気にして、いいのですか?」 名無しの言葉を聞いた秀英の声が初めて迷い、不自然に途切れる。 「冗談とか、遊び半分だったら困ります。僕…本気で……」 端整な顔を苦しげに歪ませて、呻くように声を絞る秀英から、名無しは逃れる事が出来ない。 好き。 自分の放った言葉の意味を考えて、名無しは思考を巡らせる。 秀英に対する自分の気持ちが本当は何なのか、なんて、自分でも良く分からない。 だって彼とはまだ出会ってほんの数ヶ月しか経っていないのだし、本当の彼がどんな人なのかもまだ分かっていない部分も沢山あると思うし、肝心な自分自身の気持ちも全く整理が出来ていない。 けれども、一つだけ確かに言える事は、今の自分は秀英と一緒にいると心が安らぎ、平穏を覚えている事。 彼と過ごす時間に幸せを感じ、少しでも長く一緒に居たいと思ってしまう事。 彼の顔を見るだけで、彼の声を聞くだけで、その日一日がとても楽しく思える事。充実した時間に思える事。 この気持ちを何と呼ぶのか、名無しには良く理解が出来ない。 愛と呼ぶには幼すぎ、恋と呼ぶには緊張感が足りず、穏やかすぎて─────。 (罪深い) 秀英と自分との恋愛を具体的にイメージした時、何故か名無しの頭にはこんな言葉が浮かんだ。 秀英に対する自分の気持ちが愛なのか、恋なのか、とかいう問題以前に、これは曹丕や司馬懿に対する裏切り行為ではないかと一瞬考えてしまう。 でも、考えてみればそれはとても変な事だと名無しは思った。別に自分は彼らと正式に付き合っている訳でもないし、彼らの恋人でも妻でもない。 『所詮お前などただの玩具だ』と言われた事は何度もあれど、甘い囁きを彼らの口から聞いた事など一度もないし、ましてや情熱的な愛の言葉など与えられた事がない。 それなのに、どうして自分はここまであの二人に操立てをして、彼ら以外の男性との接触を避けようとしてしまうのか。彼らの目の届かない所で、他の男性と愛を育む事に例えようもない程の恐怖感と罪悪感を抱いてしまうのか。 きっとこれは何か良くない事が起こる兆候に違いないと、名無しの本能が告げている。 秀英とこれ以上深い関係になってはならないと、名無しの直感が告げている。 「秀英殿の事は…大好きです。私、秀英殿と一緒にいると楽しくて、本当に幸せで……」 「名無し殿……」 「でも…私…これ以上秀英殿と親しくならない方がいいような気がします。距離を取った方がいいような気がします。そうしないと…何か悪い事が……」 「……えっ?」 秀英の口から漏れた疑問の声は、驚愕と言う以外に呼びようがない。 名無しの言っている言葉の意味そのものが全く理解不可能とでもいうように、秀英が困惑気味の表情で眉を寄せる。 「私に関わると…きっと…不幸になります。私も、秀英殿も…きっと両方不幸になります。私…普通の恋愛が出来ないような気がするんです。そんな物を…もう金輪際望んではいけないような気がするんです……」 震える声で告げる名無しを、秀英がただまじまじと見下ろす。 肌を刺す程に強い男の視線を感じ、秀英への申し訳なさと己の気弱さから名無しの両目にジワリと涙が滲む。 「それって……どういう……」 名無しが何を言っているのか分からない、と動揺を隠しきれない秀英の声に、名無しの身体がさらに強張る。 ドキン、ドキンとうるさい程に高鳴る心臓の鼓動を感じ、名無しは自分の手で胸を押さえて深く息を吐く。 「何か事情があるのですね。名無し殿。あまり人に言えない…複雑な何かを背負っていらっしゃるのですね。その『何か』が、今も貴女の胸を苦しめているのですね」 「……えっ……?」 驚いて見上げる名無しの瞳を、秀英の真摯な眼差しが真っ直ぐに射抜く。 先程まで名無しの肩に置かれていた秀英の手は、いつの間にか胸元を押さえる名無しの両手を温めるようにそっと上から重なっていた。 「貴女がどんな事情を抱えているのかは分かりませんが、僕が貴女を守って見せます。名無し殿の心を曇らせる全ての出来事から、貴女を付け狙う全ての悪魔からこの秀英が命懸けで守ってみせます」 「秀英殿……」 思いも寄らなかった秀英の告白に、名無しの頬がサッと上気する。 「わ……私……」 予想外の台詞を言われ、名無しの頭は完全に真っ白の状態になっていた。 [TOP] ×
|