三國/創作:V 【Another worldW】 「ちっ…。盛りの付いたクソガキ共が。名無し相手に気安くおっ勃ててんじゃねーよ」 「ちょっ…、甘寧っ。何でそんな言い方するの…!」 「何でじゃねえよ。マジ話だろうが。どうせお前、『今から俺達の相手をしてくんない?』とか言われてたんじゃねえのかよ」 「……!そんな……」 懸命な言い訳も虚しくあっさりと真実を見抜かれてしまい、図星を突かれてしまった名無し様の頬が羞恥心でボボッと真っ赤に染まる。 そんな彼女の表情の変化を目の当たりにして、甘将軍を包む怒気の激しさがより一層増していく。 「───やっぱり殺しときゃ良かったな」 「甘寧…っ。は、早く買い物を済ませないと、昼休みが終わっちゃうから。一緒に行こう。ねっ…?」 「……くそっ」 不満げな表情を滲ませて、甘将軍が額に落ちる前髪を大きな手で掻き上げる。 慌てた声を零す名無し様の腰に手を回し、逃げていく男達の後ろ姿を一瞥すると、そのまま甘将軍は名無し様を抱えて城下町の人混みの中に消えていった。 「すげえ…。見たかよ秦。たった一言だぜ。甘将軍の一睨みで、不良達が尻尾巻いて逃げて行った…」 「……。」 「甘将軍って、たしかに凄く気性が激しい御方だし、気に入らない相手は自分の上司でもぶん殴るっていうおっかねえ噂もあるけど、男らしくてカッコイイよなぁ。兄貴って感じだぜ。同じ男から見ても憧れるよな。腕っ節の強さといい、完璧なまでの鍛え上げられた肉体美といい。俺もあんな風になりたいなぁ……」 「……。」 ほぅ…っと感嘆の溜息をついている仲間の甘将軍に対する賛辞の台詞を耳にして、俺は何とも切なくて歯痒い気持ちを味わっていた。 たった、一言。 俺が名無し様を庇った時には馬鹿にしたような物言いで暴力的な脅しの言葉を浴びせてきた奴らが、相手が甘将軍となった途端にスタコラサッサとその場から逃げていく。 そんな彼らの素振りに、甘将軍と俺の間にある男としての、戦士としての格の違いとレベルの差をまざまざと見せつけられたような気になってしまい、俺は大いに落ち込んでしまっていた。 『無茶しないで、秦……』 あの言葉を一瞬でも嬉しいと思ってしまった俺は、大馬鹿者だ。 現に名無し様は甘将軍の時にはそんな言葉など一切口にせず、むしろ彼の強大すぎる怒りと力を押さえ込もうとして己の身を投げ出していた。 ───無茶しないで、なんて。 俺が本当に強くて実力のある武将の一人だとしたら、きっとあんな言葉は出てこなかったのだろう。 あの時。 名無し様を庇った時に俺の背中に触れた、彼女の両手。 背中越しに確かに感じられた、彼女の温もり。暖かい息づかい。 その時の記憶と感触だけが、俺の脳裏にいつまでも焼き付いている。 (─────力が欲しい) ギリッ。 気が付いた時には、俺は唇が切れる程の強い力で自分自身の唇を噛みしめて、そんな事を考えていた。 どんな事でも、強い力で願っていれば、毎日祈りを捧げていれば、いつかはきっとその望みが実現する日がくるはずだ、なんて。 そんな何の根拠も証拠もない事を、『善良な人々』は悩みのある人間に向かって簡単に言うけれど。 どれだけ頑張ってみても努力を重ねてみても、決して到達する事の出来ない、未知の場所。 一般兵士と武将の間に残酷なまでに色鮮やかにくっきりと線引きされた、彼らの棲息しているあの『高み』。 俺のような普通の人間は、どれだけ思い焦がれたら、沢山の血を流したら、あの『高み』に辿り着けるのだろう。 彼女へのこの狂おしいまでに実りのない切なく苦しい愛情を、見事に昇華させることが出来ると言うのだろう。 どれだけ強く願っても、叶わない夢は─────あるのだろうか。 いよいよ昇進試験が明日に迫った、試験前日の午前中。 大切な本番を翌日に控え、試験に挑戦する兵士達は最後のラストスパートとばかりに自らの技と肉体の仕上げに取りかかっていた。 本番ではそれぞれが受ける試験の階級毎に分かれ、同じランクの兵士同士の間でくじ引きをし、参加人数に合わせて大まかなグループ分けをさせられる。 Aチームが8人編成だとしたら8人全員での勝ち抜き戦。Bチームが10人編成だったら10人での…といった形で、最終的にはそのグループ毎での最優秀成績者が晴れて次の階級に上がれるという仕組みだった。 要するに、トーナメント形式でも全員同時の乱戦でも何でもいいから、試合の趣旨にそって最後まで勝ち抜いた勝者が昇進出来るという事なのだ。 実技試験で好成績をあげる為に、兵士達は思い思いの方法で己の心技体を限界まで高めようと前日の間に試みる。 誰の助けも借りず、一人で黙々と自己鍛錬に臨む者。仲間の兵士に協力を頼んで二人一組で組み手をする者。 そして同ランクの兵士達やライバル相手に積極的に勝負を申し込み、勝ち抜き戦をしようと誘いをかける者。 呉軍が誇る巨大な修練場の中では、そんな挑戦者達による本番さながらの闘いが繰り広げられていた。 「────勝負あり!!」 審判役の兵士が審判旗を高く掲げ、張りのある大きな声で試合の終了を告げる。 はぁはぁと軽く息を弾ませてその場に立っている俺の目の前には、直前まで剣を交えていた対戦相手が地面の上に伸びていた。 「大丈夫か?」 「い、いてて…。ああ、大丈夫だ。強くなったな、秦…」 「いや、そんな事はないよ。たまたまさ。付き合ってくれて有り難う。礼を言うよ」 「こちらこそ。本番頑張れよ」 倒れている相手の兵士を抱きかかえて身体を起こし、二人して正面から向かいあって『有り難う御座いました』と互いに対する礼と労いの言葉をかける。 これで、ようやく9人目。 仲間の兵士に声をかけて練習相手になって貰っていた俺は、当日の勝ち抜き戦に備えて複数の兵士達を相手に鍛錬を積む、という本番同様の稽古方法を選択していたのだ。 目標としている10人突破達成まで残す所あと一人、となった俺はこの辺りで一旦休憩を取る事にした。 [TOP] ×
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