三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【悪魔の花嫁V】
 




役に立てばこのまま自分の下で使ってやるし、役に立たなかった時は使い捨てのボロ雑巾のように切り捨ててやれば良いだけの事。

そう思った曹操はたまたま人手が足りなかった事もあり、秀英を名無し達のいる内政部に配属し、しばらく様子を見る事にした。

すると秀英は配属されてすぐにメキメキと頭角を現し、あっという間に出世コースの階段を駆け上がり、とうとう先月にはその高い事務処理能力と交渉能力を買われて名無し達と同等の上級文官の称号を与えられる事となったのだ。



問題はここからである。



同じ内政部に所属しているという事もあり、名無しと秀英は度々仕事で顔を合わせるようになり、他愛のない世間話をするようになり、所謂『親しい同僚』という仲になった。

そしてこの秀英、ボロボロの服を身に纏い、泥で汚れた顔で魏に流れ着いた時には誰も気付いていなかったが、一度風呂に入って体中の汚れを落とし、高級文官の衣装を身に纏った姿はどこからどう見ても世間一般で言う『美男子』の部類に属する男性だった。

目上の人間達だけでなく、力ない女性達にも常に礼節を持った態度で接する秀英。

その能力の高さ、いつも人前で見せる爽やかな笑顔、そして彼本来が持つ整った顔立ちも合わさって、秀英にはいつの間にか多くの女性ファンがついていた。

そして『あの名無し』もまた、そんな秀英に次第に心を開き、今では一緒に食事を取るような関係にまで発展していた。

国王である曹操、そしてその息子である曹丕、仕事上のパートナーとして共に仕事をしている司馬懿としか殆ど接点の無かった名無しには、魏の男と言えば『冷たい男』というイメージしか今まで湧いてこなかった。

そんな彼女の前に彗星の如く現れた青年は、曹丕や司馬懿とは180度タイプの違う新人類。いつでも名無しに優しい言葉をかけ、彼女の事を気遣い、甘い笑みを絶やす事のないフェミニスト。

名無しでなくても、これでは秀英に興味を持つな、惹かれるなという方が無理というものであろう。

元来世間一般の男達が持つ嫉妬や独占欲といった感情には無縁であり、女相手にヤキモチなど焼いた事のない曹丕や司馬懿は、ここ数週間の内に秀英と名無しの二人が急速に親密になっている件について何とも思っていなかった。

と、言うか、二人は最初から秀英の事など敵とも思っていなかった。全然相手にしていなかった。

曹丕と司馬懿の心には、精神的にも肉体的にも今の名無しにとって自分達が『絶対君主』として君臨しているという揺るぎない自信と確証が満ち溢れていた為、自分達の支配下から名無しが逃れられる術がない事を良く知っていたからだ。

それ故に、間男的な存在としての秀英には何ら思う所もなかったが、短期間で上級文官の地位にまで上り詰めた秀英という人間『単品』の存在に興味を示した曹丕は、司馬懿に命じて秘密裏に彼の出生や背後関係を調べさせていた。

そして今日、司馬懿の口から発せられた秀英に対する報告は『埋伏の毒の疑い有り』。

埋伏の毒とは敵勢力に味方勢力から離反したと思わせてその奥深くに潜り込み、頃合いを見て反旗を翻し、敵内部を撹乱させる作戦の事である。



つまり、その正体は決して味方などではなく、裏切り者であり────スパイ。



そうなると、秀英に対する自分達の見方も、取るべき行動も今までとは一変する。



「……確かなのか?」

曹丕の問いに、司馬懿はゆっくりと曹丕に目を合わせ、視線だけで頷く。

「可能性は何割だ」
「十割、と言い切るには微妙に証拠が足りませんが。それでも十中八九……もしくは九割九分かと」

司馬懿がそこまで言うからには、きっと綿密な調査とそれなりの証拠が手元にある上で秀英に疑いをかけているのだろう。


(要するに、ほぼ確実にクロだと言う事か)


そう思った曹丕は喉の奥でクッと笑うと、羨ましく思える程の長い足を優美に組み替える。

「つくづく男を見る目がない女だ。あいつは」
「ふ……。確かに名無しは馬鹿な女です。本当に……」

そんな曹丕の姿を間近で目にしている司馬懿もまた、そう言って唇の端を軽く緩ませた。

先程曹丕にお伺いを立てていた時の、どことなく楽しそうな気配があった司馬懿の声は、名無しに対する『馬鹿なヤツ』という呆れ混じりの声であった。

曹丕や司馬懿の支配下にある生活の中で、名無しが一時の心のオアシスとして心を許した相手はスパイ疑惑が持たれている男。一筋の光明として熱い眼差しを向けている男は、国家の敵とも言える男。

もし本当に秀英が『埋伏の毒』だとしたら、名無しに対する秀英の優しさは全て嘘偽りであり、仮初めの物でしかない。

名無し程の女と親しくしておけば仕事上重要な秘密もいくつか入手出来るだろうし、魏の城内で生活するにも何かと便利な事がある為に秀英はしょっちゅう名無しに声をかけ、表面上仲良くしているだけの事なのだろう。愛想良くしているだけの事なのだろう。

その事を知った名無しは一体どんな顔をするだろうか。どれ程哀しみにくれるだろうか。

秀英が敵国の放ったスパイだとすれば、名無しの愛は決して実らない。秀英に利用されるだけ利用されて、散々都合の良いように扱われた後で、飽きたペットのようにポイッと路上に捨てられるだけ。



つくづく馬鹿だ。名無しは。



それでいて、そういう男ばかり寄ってくる────悲しい程に哀れな女。



「如何致します?殿」

平静な声でもう一度司馬懿に尋ねられ、曹丕は『ふむ…』と言って少しの間黙り込む。

何かを考えるようにして腕を組み、豪華なソファーにゆったりと上体を預けて腰掛ける曹丕の容貌は、高級家具や陶芸品ばかりが所狭しと並べられている店の雰囲気に嫌味な程似合っていた。


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