三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【悪魔の花嫁V】
 




そのせいで、城の女どころか魏国全土の女という女達から憧れと羨望の眼差しで見つめられる両者の肌に触れられるという名誉な一時ですら、『力ずくなんて酷いっ!』と震える声で抗議し、哀しみに濡れた瞳で許しを求めてくるのだろう。

しかし、名無しは全く気付いていないようだが、曹丕や司馬懿の『ソレ』は世間一般の言葉に照らし合わせれば立派な『愛情表現』の一種なのだ。

好きな女、気に入っている女程苛めたくなってしまうのは男の性だ、と曹丕は本気で思っている。

そう言うと名無しは必ず『だってそれは子供のする事でしょう?幼稚園児や小学生なら分かるけど、それ以上の男の人がそんな事をするなんて信じられない』と反論してくるが、その度に曹丕と司馬懿は内心『バーカ』と思いつつそんな名無しに冷ややかな視線を投げかける。


(男は一生子供だ。特に気に入ったオモチャに関してはな。お前に嫌われると分かっていて、それでもわざと傷付けるような言葉を吐いたり、恥ずかしがるような格好や体位をとらせたり、尚更意地悪を繰り返すのは何の意思表示だと思っている?)


そうまでして説明しても名無しは切なそうにそっと睫毛を震わせ、消え入りそうに小さな声で『だって、それは相手の事が好きだからという訳じゃなく、曹丕や仲達がサドだから…』と遠慮がちに呟くのみ。

(男と女の間には、深くて暗い河がある…という歌があったような気がするが、あれは今思えば言い得て妙だ)

言い訳をするようで微妙な気持ちになるが、大体、自分達のような男の場合、本当に嫌いな相手には一言も口を利かない。特別な用事がなければ目も合わさない。

ましてや名前も呼ばない。仕事上の相手でなければ同じ室内にいるのも苦痛である。相手の肌に触れる、もしくは自分の肌に触れさせるなど言語道断。完全無視だ。

(何故それが分からないのか)

美形とはかくやと言わんばかりの端整な顔を曇らせて、曹丕は人知れずフーッと重い息を吐く。

そんな事をぼんやり考えていると、給仕の女性が新しいワインを手にして彼らの元にやってきた。

女は慣れた手付きで二人の前にある空になったグラスにワインをなみなみと注ぐと、礼儀正しく会釈をしてその場から立ち去っていく。

自分達の周囲に誰もいない事を確認すると、司馬懿はグラスに注がれたワインをじっと見つめ、続いて曹丕の横顔に目線を向けた。

「先日お話しした『秀英』という男の件ですが、やはり他国の間者という見方が強いと思われます。現在調査中ですが、最悪の事態も有り得るかと」

いつになく深刻な表情で、司馬懿が声を落とす。

つい先程まで気怠げな面持ちで物思いに耽っていた曹丕だが、その男の話題を司馬懿が切り出した途端、いつも通りの冷徹で鋭利な眼光を取り戻した。

「最悪の事態という事は、『埋伏の毒』の可能性もあると言う事か?」
「……おそらく」

悠然と足を組んだまま問う曹丕に、司馬懿が相変わらず重々しい口調で返事を絞り出す。


─────どうしますか?と。


上目遣いに曹丕の様子を伺いながら、司馬懿が尋ねる。

深刻な声音とは裏腹に、曹丕の顔色を見ながら囁く司馬懿の声音には、どこか楽しむような響きもあった。

その理由を知っている曹丕は表情一つ変えないまま、司馬懿の口から出た『秀英』という名の男に思いを馳せ、今までに得た情報を頭の中で整理する。





秀英が魏城の門を叩いたのは、今から丁度3か月程前の事だった。

『勇猛果敢なる君主・曹操様の元で是非とも家臣として働かせて頂きたく、馳せ参じました。どうか曹操様、この秀英を手足と思ってどのように些細な事でもお申し付け下さいっ』

城の兵士達によって曹操の前に連れてこられた秀英は、曹操の顔を一目見るなりこう言ってサッと床の上に両手両膝を着き、頭を床の上に擦りつけるようにして土下座する。

聞けばこの男、つい先日まで別の国の文官として働いていたと言う。

しかし以前は立派な統治を行っていた自国の国王や皇子達がこぞって酒や女に溺れだし、自らの余興の為に国庫の金を湯水のように使い、国民の生活を顧みなくなってしまったそうだ。

ここ数ヶ月になると彼らの横暴振りはさらに酷さを増し、さすがにこれは目に余ると思った秀英以下一部の家臣達が、ある日覚悟を決めて国王に直訴した。

『王よ、どうか目をお覚まし下さいませ!』と秀英達が口々に告げると、国王はそんな秀英達の態度に激怒し、『儂に逆らう奴はこの城に一切必要ない。衛兵っ。この者達を連れて行け!!』と言って秀英達を城門の外へ追い出した。

どれだけ門を叩いても城内に戻る事を許されず、途方に暮れた秀英はこの国で働く事を仕方なく断念し、尊敬できる別の君主の元で一から出直す事を決意した。

そう考えた時、以前から偉大なる王者として国内外に武勇が轟いていた魏国王・曹操の事が真っ先に浮かび、『この方の元であれば、理想の国家が築けるであろう』と思ってこの城にやって来たと言うのだ。

この時代、昨日までは別の国に所属していた人間が次の日には別の国に移り変わっているのは決して珍しい事ではない。

戦争で負けた国の武将や兵士が勝った国の配下として組み入れられる。今の給料や役職、身分に不満のある者が敵国から提示された高条件の引き抜きに応じる。

信念や理想の違いから家臣が今まで仕えていた主君の元を離れ、別の主の下に身を寄せる事はいくらでも見られる光景である。

昨日の敵は今日の友、昨日の友は今日の敵、という言葉通りの人間模様があちこちで繰り広げられているこの時代、秀英のような男はどこにでもいる存在だった。

『ふ…。その方、名は秀英といったな。良いだろう。丁度優秀な文官を捜していた所だ。見事儂の役に立って見せるが良い』

元々実力主義の考え方という事もあり、曹操はそう言って秀英を自国の文官として引き入れた。


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