三國/創作:V | ナノ


三國/創作:V 
【Another worldW】
 




「なんだてめえは。いきなりしゃしゃり出て来るんじゃねえよ。さっさとそこをどけってんだよ。女を渡せ!!」

突然現れた邪魔者にあからさまな敵意を放ち、男が怒鳴り声を上げている。

「────断る。どうしてもこの人に手を出すと言うのなら、俺を倒してからにしろっ」
「……秦」

名無し様を庇うようにして自分の背後に隠そうとする俺を、名無し様が困ったような顔で見上げていた。

「下がって下さい、名無し様」
「そんな…。無茶しないで、秦……。私のせいで、そんな事……」
「名無し様…。俺の事は大丈夫です。何とかしてみせます。危ないですから、俺から離れて……」

俺の背中には、さっきからずっと名無し様の両手が触れている。


夢にまで見た現実の名無し様。


愛しい女性の息づかいが己の背後からリアルに感じられ、何としてでも彼女をこの場から逃がしてあげなければならないと強く思った。

敵の人数はざっとみた感じで10人少々。やってやれない事はない。

その前に何とかうまい事を言って、こいつらをこの大通りから立ち退かせ、場所を変えないと。


「場所を……」


場所を変えるぞ。


そう言おうとした瞬間、俺の背中に隠れていた名無し様の身体がビクンッと跳ねて、聞き覚えのある名前が彼女の口から放たれた。


「────甘寧……!!」


ザワザワっ。


名無し様の叫び声を聞いた周囲の人間達が、一斉に彼女の視線の先に身体を向ける。

すると、確かにその場所には甘将軍が立っていて、訝しげな目線を俺達に向けていた。

「……名無し。何してやがる」
「か、甘寧…」
「この状況は一体どういう事だ?」

端整な顔を微かにしかめ、甘将軍が鋭い目付きで名無し様の周囲を取り囲んでいた不良達の事を睨み付けている。

見つかってしまった、と言わんばかりの深い溜息を一つ漏らすと、名無し様はいつも通りの静かな声音で甘将軍の質問に答えた。

「ううん、別に何も。この人達に、ちょっと道を聞かれていただけだよ?」

まるで不良達を庇うかの如く、咄嗟に言い訳をする名無し様。

さっきまで散々脅されていたというのに何故そんな事をするのか不思議に思ったが、よくよく考えてみればそんな彼女の思惑も頷けた。


名無し様を取り囲んでいた男達など瞬時に射殺してしまえそうな強烈な眼光で、甘将軍は彼らの姿を凝視していたのだ。

俺達の目の前に立っている甘将軍は、強者揃いの呉軍の武将の中でも、国内で1・2を争うと言われる程に肉弾戦を得意とする猛将の一人であった。

この日の甘将軍は名無し様と同じで若い男が着るような普通の私服を着ていたが、布の上からでも彼の逞しい身体の線がよく分かる。

鍛えられた二の腕と厚い胸板。均整の取れた長身の体躯と骨張った大きな掌は、その全てが文句の付け所もないくらいに男らしい。

戦場に赴くときの戦闘服でなく、何の変哲もない普段着を纏っていても一目で『ただ者ではない』と分かる甘将軍は、呉国が誇る典型的なパワーファイターだった。

「ひっ…、か、か、甘将軍っ…。本物だ……!!」
「ひぇぇ…!お、おっかねえ…。見ろよあの身体。すげえ鍛え方だぜ。あんなデカイ拳で殴りつけられたら、一発で吹っ飛んじまうよ…」
「で…でもよ。噂には聞いていたけど、よく見るとメチャクチャいい男だぜ。怖い顔付きしてるけど、甘将軍って間近で見ると本気で男前なんだって城中の女官達がキャーキャー言ってんの、知ってるか?」

普段の自分達では滅多にお目にかかれる事もない、高い身分の武将を目の前で見る事が出来た衝撃に、仲間の兵士達から興奮気味の声が漏れる。

『甘寧様だ』

『あれが…元水族の頭領として有名な、鈴の甘寧様……』

そんな同僚達の言葉に引きずられるかの如く、周囲の一般市民達の口からも同様な呟きが発せられ、尊敬と畏怖の念が入り交じったざわめきの渦が城下町を取り巻いていく。

同僚の一人が言っていたように、間近で見る甘将軍はとても整った端整な顔立ちをしていた。

何というか、綺麗なお兄さんと言うよりもワイルドで雄の魅力に満ちた精悍な美男子だったのだ。


「こいつらに道を聞かれた、だァ…?嘘を吐くなよ、名無し。どう見てもこれはお前がタチの悪い野郎共に絡まれていたとしか思えねえな」


男達を睨む甘将軍の鋭利な双眼が、ギラリと光る。

彼の背後からユラユラと立ち上る怒りのオーラやドスの効いた低い声からも、名無し様に手を出す奴らは絶対に容赦しないという殺気が、その現場に居合わせた全ての人間達に伝わっていた。

その証拠に、ついさっきまでは横柄な態度を見せて俺や名無し様に絡んでいた不良達の姿からは、すっかり覇気が消え失せているのが分かる。

皆一様に血の気の引いた真っ青な顔で甘将軍の顔を見つめ、その場に立っているのも困難な程にガタガタと両足を震わせていた。


「甘寧っ」


俺の背後に身を潜めていた名無し様が、この状況にたまらず俺の背中から抜け出して、甘将軍の前にタタッと走り出た。

今にも不良達を殴り付けようとしている気配を全身から発散させている甘将軍の胸にひしっと抱き付くと、名無し様は男達の方に顔だけ向けて悲鳴混じりの叫び声を振り絞る。


「貴方達。道はもう分かりましたよね?早く…行って下さいっ」


───自分が彼を押さえている今の内に、と。


名無し様の言おうとしている真意を読み取った男達の顔に、一瞬の安堵の表情と、どうすればいいのかという躊躇の色が浮かぶ。

全員逃げたい気持ちはあるのだろうが、完全に足がすくんでしまって思うように身体が動かないようだ。

「は、早く……っ」

絶対に暴力なんて振るわせない、という決意を秘めた声を上げて、名無し様が先程よりも強い力で甘将軍の背中に両腕を回し、ギュウッと抱き付いている。

「……やめろってか」

甘将軍はそんな名無し様の健気な姿を見下ろすと、チッと苦々しげな舌打ちの音を響かせて、彼女の背中に鍛えられた腕を伸ばして自分の方へと抱き寄せる。

これ以上は誰にも何にも名無し様には触らせない、といった素振りで逞しい腕の中にすっぽりと彼女の身体を納めると、甘将軍の双眸にぞっとする程に凶暴なまでの強い眼光が閃いた。


「てめえらのツラは覚えたからな。今度城下町に来る時は死ぬ気で来いや」


獰猛に唇を歪ませて、甘将軍が低い笑い声を漏らす。

その言葉に弾かれたように男達は『ひぃっ…!!』とくぐもった悲鳴を発すると、まるで蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げていった。


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