戦国 | ナノ


戦国 
【悪党】
 




「ああ。お前はいつも通り自由にしていて構わない。俺は適当に仕事をしている」
「ん…分かったよ。あまり根を詰めないようにね?」

何の深い意味もないとでも言うかのような俺の口調。

それを理解しているとでもいうように、名無しが柔らかく俺に微笑みかけた。


俺はこの日の為に半年かけて準備をしていた。


幸村達に遠乗りに誘われても結局は具体的な返事を返していない所を見ても、名無しの身持ちの堅さがよく分かるだろう。

初めはどうしても今日中に仕上げなければ殿に示しが付かないと言って、まるで不測の事態だと言うように。

それからは毎回手を替え品を替え、適当な理由を捏ち上げて。

数えきれない程の夜を俺は名無しと共に過ごしてきた。


────指一本触れずに。


(ふん。自分でもよく我慢が出来たものだ。半年だぞ?)


我ながら、そう思う。

だが同じ押し倒されるのでも知り合ったばかりの男にされるのと、半年も一緒に過ごした男とでは女側の受けとめ方も違うだろう。

初めは、思い切り辱めてやるだけのつもりだった。

如何にこの女でも、身内の武将に力ずくで乱暴されれば泣いて田舎に帰るだろう。そして代わりに俺の地位が復活するだろうと。

だがこの半年で俺はお前という女自身に深い興味が湧いてきた。

殿の寵愛もめでたく、上からも下からも等しく慕われているお前。

お前が普通の女と同じように俺の為に泣いている所を見てみたい。

瞳一杯涙を溜めて、俺に媚びる所を見てみたい。


その身も心も、俺自身で


突き破りたい。


「さっきの話に戻るけど、じゃあ私の女官達には貴方に恋人はいないって伝えておいてもいいんだよね?」
「その返事は、もう少し待っておけ」
「……えっ?」
「変わるかもしれん」


不可解な俺の返答に、きょとんとした目で俺を見つめ返してくる名無し。

そんなお前も他の女のように寝ても覚めても俺の事で頭が一杯にする事を、当面の目標にしてやるか。


(どいつもこいつも盛りやがって)


名無しに気付かれないように、俺は心の中でチッと小さく舌打ちをした。

幸村も、兼続も、左近も。

武将も、坊主も、兵士も、農民も。

男なんて、下を脱げば考える事なんて全員同じ。




────みんな『ケダモノ』。



出来ればもっと時間をかけて俺自身に夢中にさせて、泣きながら抱いてくれと跪いて願うお前を見てみたかった所だが、こんな状況では仕方ない。

計画は上々、細工は流々。後は仕上げをとくとご覧じろ…とでも言おうか?



そろそろ、タイムリミットだ。





「ふぅ…。いい加減、肩が凝ってきたね。三成、まだやる気なの?」
「後少し、まだ農地政策の書面が残ってる」
「難しいのばっかり三成にお願いしちゃったね。今度何か、御礼をさせてね?」
「フッ…。今日は最初からそのつもりだ」


口元が、無意識にニヤリと吊り上がる。

俺の普段とは違うこの冷たい微笑みに、お前は気づいているだろうか?

「なぁに?それ。可愛い女の子でも紹介しろっていう話?」

くすくすと嬉しそうに笑う名無しのなんて無防備なことか。

「先に風呂に入れよ。俺は後で適当に入る」
「そういえばそうだね。もうこんなに遅い時間だもんね。じゃあお言葉に甘えて、私先に入ってるね」
「……ああ」

名無しの言う通りもう外はすっかり暗闇に包まれていて、ほのかな月明かりと灯籠の灯りだけがこの部屋を照らしている。

「お先に……」

ピシャリと襖が閉まる音がして、名無しが1人浴場へと向かっていくのが気配で分かる。

当然の如く、計画に従って俺は一度も名無しの入浴を邪魔した事はない。

なので今もこうして何の警戒心もなく男の前で風呂に行くなんて事が可能な訳だ。


(……どうするかな)


後を追って俺も入ってやろうかと思ったが、よく考えてみると初めから脱いでいる状態の女を襲っても何も面白みを感じない。


半年だ。


せっかくここまで我慢に我慢を重ねてきたのだ。急いては事をし損じる。

半年待ったら、後数時間待つのも同じ事。


(ここはおとなしく待つとするか)


余裕。優越感。充実感。


職場の他の同僚達に対する様々な俺の思惑が、より一層今の気分を高めてくれる。

まさか幸村達まで名無しを狙っているとは思わなかったが、そこが哀しい男の性と言うものだろう。

男は皆、目新しい女が好きだからな。

親友の好きな相手を盗るのは悪い事だろうか。

これは俺の個人的な意見なのだが、欲しくなってしまったのだから仕方がないというのが実際の正直な感想だ。


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