戦国 | ナノ


戦国 
【FAKE】
 




熱っぽく熱い目付きを造って名無しの瞳の奥を覗き込むと、低く強い声で一番の目的を切り出した。

「なあ名無し。さっきの返事を聞かせてくれ。某の妻になってはくれないか?」
「私が…長政の……?」
「そう。君が知り合ってからの時間や世間体を気にするというのなら、某が正式に秀吉殿に君を下さいと頭を下げに行っても構わない。いきなり婚姻というのが嫌なら、お試し期間を設けてもいい。まずは恋人としてのお付き合いから。それでどうだ?」
「………。」

某にしては、かなり彼女に譲歩した内容の提案だった。

大体『お試し期間』なんていう物は某の人生において、自分が相手に課した事は有りさえすれど、自分自身が受けるだなんて味わった事のない経験である。

しかし名無しが慎重な女だと言うのは普段の態度からも分かっているし、何より某の願いを叶える為には彼女の協力が必要なのだ。

こんな面倒臭い事をしなくても、名無しの弱みを握るなり、既成事実を作り上げるなりして強引に某の物にする事だって出来るのだ。

だが、それでは名無しが某の為に自ら進んで力を貸してくれる事はないだろう。

某が名無しの持つ地位と権力を最大限に利用する為には、名無しが心から某の虜になるという必要があった。


男と女が、出会って、恋をして結ばれて、それで何かいい事があるとでも言うのだろうか。


某はそんな物は信じない。求めない。必要としない。


だっていくら愛し合っていた所でその気持ちは永遠には続かないではないか。

どんな相手と付き合っても、所詮幸せなのは最初の時だけで、いずれは必ず別れがくるではないか。

初恋のいい所は、その恋にいつかは終わりが訪れるという事を、本人が全く知らない所だ。

相思相愛だった二人が傷つけ合い、罵り合い、憎しみ合って、最後は結局無残に別れてしまう。

それに万が一別れなかったからといって、それが幸せだとは限らない。

修羅場は生きている限り続くのだ。

男は生涯の中でたった一人の女しか幸せにしてやる事なんて出来ない。

それ以外の女には、ほんの束の間の優しさや愛情とセックスを与えて、その何倍もの深い哀しみを相手に置き去りにして、捨てるという選択を取る事になってしまう。

結局の所、男が幸福にしてやれるのは、その男の人生で最後の女一人しかいないのだから。

それなのに『この女こそが俺の最後の女なのかもしれない。理想の相手なのかもしれない』、と言ってキョロキョロと目移りしては目ぼしい女に手を付けて、また恋をして相手を傷つける。

そもそも愛だの恋だのなんて感情が、普通の男ですらそうなのに、我々のような男にとってまで本当に必要なのか?

炎上していく京極丸。逃げ惑う人々の悲痛な悲鳴。迫り来る織田の連合軍。次々と殺害されていく一族郎党。

神や仏を信じる者も、無神論者も、愛を信じる者も、義を信じる者も誰も助からない。

人生にはどこにも逃げ場がないのだ。

どこが地獄かと聞かれれば、我々が生きているこの世がすでに修羅なのだ。地獄なのだ。

自分の望みを叶える為ならば、名無しを傷つけたって構わない。名無しに憎まれたって構わない。

浅井家の元当主の身の上として、自らに課せられた職務のみを遂行する───。


それだけだ。


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