戦国 | ナノ


戦国 
【悪党】
 




「そういえば…三成。幸村って、どんな人?」
「……?何故そんな事を聞くんだ」
「その…。ちょっと気になって」
「!!」

その瞬間、普段あまり見たことのない名無しの表情が現れたのを俺は見逃さなかった。

困ったような、切ないような、なんとも言えない表情だ。

「この間ね、たまたま休憩室で一緒になったの。それで色々話をしてたのね。ほら…三成は文官だからいつも私と一緒に仕事してるけど、彼は武官だから戦場でしかなかなか会えないでしょう?」
「……それで?」
「今度一緒に遠乗りに出かけましょうって言われて、何だかちょっと嬉しかったな。『たまには気晴らしも必要ですよ』って。きっと彼なりに気を使ってくれたんだね。ねぇ三成、私そんなに疲れた顔してると思う?」
「ほう…。あの幸村が、そんな事をお前に言ったのか。部下に気を使わせるようでは、お前も上の者としては失格だな」
「…そっか…。やっぱりそう思う?」

俺の冷たい返答に、名無しがシュンとして哀しげな表情を浮かべて俯いた。


聞いてないぞ、そんな話。


幸村が名無しを遠乗りに誘っただって?

俺の知ってるあいつなら、そう誰でも簡単に誘うような男じゃない。

幸村は、ああ見えてなかなか侮れない男の1人だ。

爽やかで人懐っこい笑顔をしているが、その深い忠誠心故に自分が仕える主の為なら何だって出来る男だ。

普段はどこから見ても非の打ち所がない好青年だが、いざとなったら平気で眉一つ動かさずに名無しの為に人を殺せる。

今の話が本当ならば、幸村が名無しに対して主以上の想いを抱いていることは間違いない。



そしてあいつは今までも何度もその誠実そうな態度を武器に、人の女を次々と無邪気に奪い盗っていくのだ。



幸村には、特にその行為に対する罪の意識はない。

あいつの欠点は、とにかく惚れっぽい事だ。

しかも自分だけが相手のことを幸せにする事が出来ると、何の疑いもなく本気で思いこんでいる。

ただ惚れっぽい男なだけに、ある程度逢瀬を重ねたら最後、またいつの間にか違う女に惚れているのだが……。

「あと…兼続にも同じ事を言われたの。二人で一緒に綺麗な夜景でも見に行きませんかって。左近も、景色が綺麗な所があるから、今度一緒にお連れしましょうって」


さらに何気なく、名無しが爆弾発言をした。

「な…何っ?兼続と左近までもが、お前にそんな事を言ったのか…!?」
「うん。本当に申し訳ない気持ちで一杯だね。これも全部、私が気を使わせてるからでしょう?疲れが顔に出ないようにする良い方法ってないのかな。三成、何か知ってる?」
「知ってるも何も…何でそれを今まで黙ってた!?そんな話、初めて聞いたぞ…!」
「そ…そんなに怒る事ないじゃない。急にどうしたの?三成っ……」

寝耳に水の話を聞いて、気が付いたら俺は自分らしくもない荒げた声で名無しに怒鳴り散らしてしまっていた。


厄介な展開だ。


兼続に、左近まで。


二人ともタイプの違いはあれど、アレでかなりの女好きだ。

兼続なんか普段から堂々と『愛』なんて言葉を口にしている男だし、女はああいうタイプを誠意があると思うのか、コロッと簡単に騙される。

左近は経験豊富でこの中では一番女の扱いに慣れている。

男の色気があるタイプだし、女はああいうのが好きそうだ。

俺のあまりの激しい剣幕に、名無しが遠慮がちに意見を述べた。

「な…なんでって…。これって全部三成に言わなきゃいけない話なの?」
「当たり前だろう?お前の体調管理はこの俺の役目でもある。他の武将に気を使わせたとなれば、俺の面目が丸潰れだ」
「あ…確かにそうだね。こういう場合、貴方の監督不行責任になっちゃうんだね。ごめんなさい。これからはちゃんと話すようにするね」
「ふん。今頃言っても遅いに決まっている。もっと心の底から反省しろ。俺の評価が下がったら、全部お前のせいにしてやるからな」

こんなのは俺達にとってはいつも通りの会話なので、名無しは『はいはい』と言って困ったように苦笑しながら普通に仕事を続けている。

「外、曇ってきたね…。何だか一雨きそう」
「そうだな。今日は外での部隊演習は無理だろう。一日城の中で執務に励んでいた方がいい」

うまく話を反らせた名無しの言う通りに開いた襖の隙間から外の景色を見れば、確かに灰色の雲が空一面を覆い尽くしていた。


今夜は、降りそうだ。


「……ここに泊まっていくぞ、名無し。この書状の量じゃとても夜までに終わりそうもない」

今夜『俺は名無しの部屋に泊まる』という事を、告げる。

「どうぞ。いつも通りにしてればいいよね?」

それを受けて、何事もないように答える名無し。


[TOP]
×