戦国 | ナノ


戦国 
【FAKE】
 




いくら身分が高い身とはいえ、所詮名無しだって一人の女だ。

強引な攻め方だけでは名無しを堕とすのに不十分だというのなら、彼女の母性本能に訴えかける事にした。

甘えてみるか。

ちゅっ。

ちゅっ。

「あんっ……。イ…ヤ……長政……っ」

ブルブルッ。

抱き締めたままで軽く名無しの額に触れるだけのキスを何度も与えると、名無しが甘い声を漏らして小さく身体を震わせた。

そのまま名無しの顎に手を添えて、息がかかる程近くまで引き寄せる。

震えている名無しに構わずそっと持ち上げて某の方を向かせると、堪らなく甘く切ない表情を造って某は名無しに話し掛けた。

「なぁ…名無し。一つだけ聞かせてくれないか。そんなに某の事が嫌なのか……?」
「あ……、長政……」

今にも泣きそうな表情を浮かべて自分に迫ってくる男の顔を見て、名無しが心底困惑したような顔付きで某の事を見上げている。

さっきまで何とかして某の抱擁から抜け出そうとしていた名無しだが、この一言で不意を突かれたように、ピタリと抵抗の動きが止んだ。

ほらな。

名無しのように性根が優しい女は、自分にすがってくる相手を冷たく突き放す事なんて出来やしないのだ。

それは彼女の性格上のものなのかもしれないし、武将達を束ねるという彼女の職業柄の性質なのかもしれないが。

某の顔に、この身体と甘い声。そして彼女の優しさ。

何にせよ、利用出来る物は最大限に活用するというのがこの戦乱の世を勝ち抜いていく為の方法だろう?

「名無し。名無しは某の事が嫌いなのか?」
「そ…んな……。そうじゃ…ないけど……」
「何が気に入らないと言うんだ、名無し……。某の顔?それとも身体?君に愛して貰えないというのなら、こんな身体なんて何の価値もない」
「あ……、違……っ」
「───某なんていらない」

耳元で甘く囁いて、名無しを抱き締めている腕にギュッと力をこめていく。

ちょっと位体を震わせる演技をしてみれば、某が本心から言ってるようにみえるだろう。

さぁどうだ。名無し。

「某を捨てないでくれ………」
「あぁん……。長政ぁ…っ…」

とろん。

完全に溶ろけ切ったような顔をして、名無しがうっとりとした表情を浮かべて某の事を見つめてくれる。

捨てないでくれ、なんて言葉は人生で初めて使ったな。

いつも言われる方で自分から言った事なんてなかったが、名無しの心を動かすには十分威力を発揮したようだった。

もう一押しか。

「故郷を失って…3ヵ月前に豊臣に降ってきたばかりの某には、何の身寄りもない事は君も知っているだろう?」
「知って…ます…っ。浅井家が織田によってどうなってしまったのかは…私も十分知って……」

たまらなくなったのか、とうとう名無しの瞳にジワリと涙の雫が滲む。

きっと罪の意識があるのだろう。

秀吉公にとって信長殿が最大の主君であるように、秀吉公に仕える身である彼女にとってもまた同じように、織田は身内のような存在だからだ。


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