戦国 | ナノ


戦国 
【FAKE】
 




「実際、最近女官が立て続けに城内で殺されているでしょう?噂では婦女暴行の罪を犯した、正体不明の暴漢魔の仕業だと聞いているけれど…」
「……ああ」
「それもこの満月と何か関係があるのかな。でも、私不思議と分かるような気がするの。だって月の光って本当に…冷たくて、妖しくて…何だか怖い。人の心を狂わせてしまうような気がするから……」
「……そう、思うのか?」

そう言って立ち止まった名無しは通路の手摺りに両手を付いて、ぼんやりと天を仰いで輝く満月を見つめている。

彼女の隣で某も足を止めて夜空の月を眺めていると、名無しがじっと某の横顔を見つめてポツリと一言呟いた。

「長政の髪の色って…まるで月の光みたいだね。金色でキラキラ輝いてる……」
「そうか?」

ふふっと笑って名無しを見れば、名無しはずっと某の金髪に見入っているようだった。

「不思議な色……。長政は格好良いし…まるで月の王子様みたい……」
「嬉しい事を言ってくれるな。でもそんな事はないさ。某はただの、君に恋する一人の男だ。それ以上でも…それ以下でもない」
「……!!」

某の口説き文句に一瞬頬を赤らめた名無し。

だが、不意に某から瞳を反らすと再び満月に視線を向けた。

「なんて不思議な月…。私、今まであんな不思議なお月様を見た事は一度もないよ。青白い女の手足みたい。死んだ女の人みたい……」
「そうか?月はどこまでいっても月に見える。……それだけの事さ」

核心をついてくるかのような名無しの言葉に、思わず語尾が強くなる。

自分の体を守るようにキュッと両腕で上体を包み込み、寒そうに震えている名無しの姿を見て、某は名無しに優しく語り掛けた。

「怖いのか?その正体不明の暴漢魔の事が」
「だって…。この城内で何人も女官が死んでいるんだよ。城の中の人間だとしか思えない。そんな殺人鬼が今どこをうろついているのかと思うと、とても怖い……」

実はすぐ隣にいたりしてな。

親切面をして、君の荷物まで抱えてたりしてな。

「怖いと思うなら、某の傍にいるといい。某がその殺人鬼から君の事を守ってやろう。某は少しも怖くなんてないからな」
「……長政」

そっと名無しの髪を撫でて微笑みかける某に向かって、名無しがきょとんとした顔で口を開いた。

「長政って不思議な人。普段は物凄くクールな顔をしてるのに、たまに物凄く優しい顔を見せてくれるんだね」

じっ。

そう言って某を見上げる名無しの瞳の色が、月光を受けて金色に輝いている。

その神秘的な眼差しに思わず吸い込まれてしまいそうな気持ちになりつつも、某は極上の笑みを浮かべて彼女に応えた。

「……君のそういう言い方が好きだ」

名無し。某には、今夜の月は赤い色をしているように見える。

数多くの女の血を吸って染まった真紅の月だ。

なあ名無し。某はもう、後戻り出来ない所まで来ているんだ。

可愛い君と豊臣の権力全てを手に入れる為に、もうすでに某は数えきれない程多くの罪を犯しているのだ。

何故、こんな夜に限って。

こんなにも、血がたぎっている夜に限って。


何故今夜、某の前にノコノコと姿を現したりしたんだ?




……どうにもならない。


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