戦国 【FAKE】 「あれっ…?確かこの辺にあると思ったのに……」 扉の隙間からそっと中の様子を覗き込むと、女の独り言のような声が聞こえてきた。 ガサガサという物音を立てて捜し物をしているその人物の後ろ姿は、まさしく名無しのものだった。 「もう一段上の棚のやつなのかな…?でも三成が『この段に戻しておいた』って言っていたような……」 高い位置にある書物を取ろうとしている所なのか、名無しが懸命に背伸びをして腕を目一杯伸ばしている。 名無しの身長では届かないのだろう。よく見ると、2、3冊分厚い書物が積み上げられていて、彼女の足台となっている。 その上に乗って何とか目的の書物を掴み取ろうとする名無しだが、その格好は見るからに危なっかしく感じるものだった。 ピンと伸ばされた彼女の足の爪先が、プルプルと不安定に揺れている。 「もっ……、もう少し……っ!」 書物の端に触れた名無しの指先が、僅かに背表紙を掴んだ。 その時。 「きゃっ!!」 グラリ。 一瞬気が緩んだのか、彼女の足元に積まれた書物がズルッと滑るように移動した。 そのせいでバランスを崩した名無しの身体が、無様にも後ろ向きに倒れていく。 「危ないっ!!」 パシッ。 「!?」 不意に自分の体が引き留められた感覚に、名無しが何事かと背後を振り返る。 上体だけを捻って後を向いた名無しが見た物は、彼女の背後に立つ某の姿であった。 「大丈夫か?」 「な…が、まさっ…!?」 「随分危ない事をしているな。人手が足りないなら遠慮無く某を呼んでくれればよかったのに…」 「な……!?なんで貴方がここに……」 至近距離で彼女を見つめる某に対し、名無しの頬が驚きと羞恥心からか薔薇色に染まる。 崩れ落ちた名無しの腰に背後から片腕を回して支えている今の某の体勢は、見方によっては後から彼女を抱きしめているだけのようにも見えるだろう。 もう一方の空いている方の片腕は、名無しが取ろうとしていた書物を代わりに手に持っている。 唇が触れそうな程の近さで顔をくっつけている某と自分の状況に、名無しの頬がサァッ…と鮮やかに赤く上気した。 「君がこっちの方向に走っていくのが見えたんだ。どう考えても君には届く高さじゃないのに。某がいなかったらどうなってたと思うんだ?」 「長…政…。だって……」 「──だってじゃない」 困った顔をして私を見上げる名無しに対し、わざと強い口調で彼女の主張を突っ跳ねる。 「君の身に何か万が一の事があってからでは困る。頼むから、これ以上某を心配させるのはやめてくれ」 「……あっ……」 ギュゥッ。 溜息混じりの台詞と共に、名無しの体を自分の方へと抱き寄せる。 まるで恋人同士のようなこの会話。 『刷り込み』という言葉があるが、意味深な台詞を何度も何度も相手の側で囁いている内に、相手が段々とその気になってくるというのはよくある話だ。 ひょっとして、自分達はもう付き合っているのではないか? そういう風に相手を錯覚させるやり方は、某の最も得意とする堕とし方の一つでもあった。 「分かった?名無し」 「…ん…、ごめんなさい、長政…」 「……返事は?」 「あ…はいっ…。今度からは気を付けるようにするね。助けてくれて有り難う……」 背後から降り注がれる甘い囁きに、名無しの体がビクビクッと震えている。 [TOP] ×
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