戦国 【FAKE】 もう慣れっこの事とはいえ、せめて今日位は1人静かに過ごしたかったのに……。 一番お気に入りの女官を手にかけてしまったという切ない感傷に浸る暇もなく、相変わらず自分の周囲を取り囲む女達の環境に、さすがの某もこの日ばかりはズキズキと頭が痛くなりそうだった。 「これ以上某の事で喧嘩をするのはよしてくれないか?その辺でやめにしておいてくれ。君達が争っているのを見ると、某も自分の事のように心が痛むのだ」 「長政様……」 フウッと大きな溜息をついて女官達の事を見つめれば、慌てたような顔をして彼女達が口籠もる。 適当に言い包めてさっさと自室に戻ろうとしていた某がふと顔を上げたその瞬間、何かが視界の端を横切った。 「!?」 パタパタパタッ。 某が何気なく正面に視線を向けた途端、先の廊下を小さな人影が走り抜けて行くのが見えた。 手に一杯書物を抱えていたその人影は、非常に見覚えのある人物であった。 (───名無し?) ドクンッ。 その姿を認めた途端、某の心臓が体内で一際大きく鼓動を刻む。 一瞬チラッと見えただけだったが、あの衣裳にあの髪型、あの身長。 まさか。 いや……、間違いない。 あんなに急いだ様子で、一体どこへ? 「長政様?」 「長政様、どうなされたのです?さっきからずっと奥の方を気にされて…。あちらに行かれても、古めかしい書庫があるだけですよ?」 ぼんやりしていた某の耳に、怪訝そうな顔で某を見上げる女官達の声が聞こえてきた。 「古い書庫……?」 「ええ、そうですよ。過去の税収やら、城内の備蓄のデータだとか……。何やら難しすぎて、私達女官にはよく分からない物だらけですわ」 「それに中はひどく埃を被っていて、空気も乾燥しているし、呼吸も困難な状態ですのよ。あんな所に用がある方といえば、軍事参謀の三成様くらいですわね」 名無しだ。 その言葉を聞いた瞬間、某はやはり先程の人影が名無しであると確信していた。 そんな所に三成殿の他に用がある人物がいるとすれば、同じく内政を担当している名無しくらいしかいないではないか。 「長政様?」 「………。」 これは名無しと二人っきりになる、またとないチャンスかもしれない。 「すまないが、君達とはここまでだ。ちょっと用事を思い出したのでな。仕事の続きがまだ残っていたのをすっかり忘れていた」 「ええ−っ!?そんなぁ……」 いかにも今思い出した、といった顔をする某に対し、女官達が哀しげな悲鳴を上げる。 それでも真剣な某の表情を見た彼女達は互いに顔を見合わせると、納得したように軽く頷いた。 「お仕事なら仕方がないわよね。長政様も色々とお忙しい御方なんですもの」 「そうよね。長政様のお邪魔をするのは良くないわ。私達も早く控え室に戻りましょう!」 そう言って女官達が去っていく後ろ姿を笑顔で手を振って見送りながら、視界から完全に彼女達の姿が消えた時には、某の口元にニヤリと意味深な黒い微笑が浮かんでいた。 [TOP] ×
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