戦国 | ナノ


戦国 
【FAKE】
 




「嫌…!私そんなの絶対に嫌です、長政様…!!」


月明かりがほのかに地上を照らす、丑三つ時。

某は深夜自分の女官を城内の裏庭へと呼び出して、長い時間をかけて説得している所だった。

「何度言われても、私の気持ちは変わりません…。長政様を忘れるだなんて、そんな事出来るはずがありません…っ」
「……雪……」
「どうして…突然そんな事をおっしゃるのですか!?長政様…。雪の気持ちは、長政様が一番良くご存じのはずでは有りませんか。雪が長政様以外の男性なんかにこれっぽっちも興味を抱いていない事位、お分かりだと思うのに……」

某の面前でポロポロと大粒の涙を流して悲しむ女官は、雪という名前の若い娘であった。

彼女が何故こんなにも哀しみに満ちた顔をしているのかと言うと、某に告げられた話の内容に原因がある。

こんな夜更けに彼女を呼び出した某が開口一番口にしたのは、『君とはもう二度と会えない』といった趣旨の物だった。

別に、雪と某は正式に付き合っていたというような訳ではない。

某のような身分の男…武将という立場の人間は、その仕事内容と役割上、ずっと城の中に留まっているという訳にはいかない。

会議があれば部屋を空けるし、主の身に万が一危険が迫るような事があれば、寝食を惜しんでその警護に当たらなくてはならない身の上だ。

主人に呼び出されれば夜中だって馳せ参じなければ成らず、一度戦が始まれば命を投げ出す覚悟で自分も戦場へ赴かねばならない。

それでも年頃になったら一家の主として自動的に妻を娶るのが普通の武将だが、某はどうもそういった気持ちにはなれない、というのが実直な感想だった。

何故なら我々武将は決まった恋人や妻を持った所で、普通の男のようにずっと一緒にいてやれる訳でもない。

共に過ごす時間も満足に取ってやる事が出来ず、妻や恋人に寂しい思いをさせるばかり。

それで済むならいざ知らず、最悪の場合は戦に出陣してそのまま討ち死にする事もある。

最愛の妻や子供を残して死に行く者の心情の無念さは、筆舌に尽しがたい物があるだろう。

だからこそ、決まった相手を作らずに、某は常に自由気ままな逢瀬を思う存分満喫していたのだ。

何の責任も束縛も一切伴わない、『自由恋愛』という名の完全なるフリー・セックス。

それなりに身分の高い男なら、正式な所帯を持ったとしても、多数の愛人を併せ持つのは当たり前のご時世でもあった。

正式な妻の他に、第二夫人や第三夫人。武将達の夜伽の相手を務める為だけに存在する不特定多数の愛人と妾達の群れ。

名の知れた遊郭で女遊びに励むのも、全てはこの世の男に許された『甲斐性』なのだ。

他人に褒められたり羨望の眼差しで見られる事はあるにしろ、誰からも責められる謂われ等は一つもない。

大体、この時代の女なんて、誰1人として男に意見を述べる権利なんか与えられてはいないのだ。

秀吉公の正妻であるねね様だって同じ事。

彼女が夫に平気で自分の意見を言えるのは、ひとえにねね様が秀吉公から愛されているという揺るぎない事実があるからだ。

自分という女の価値に並々ならぬ自信を持っているからこそ、夫に口答えをする事が許されている。

でなければ、例え御館様の正妻という身分だとしても、殿の寵愛を失ってしまえば叩き出されて一貫の終わりだ。


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