戦国 【罪と罰】 彼女の身柄を押さえておくことは、最近豊臣に流れてきたばかりの新参者の自分において、非常に有利な展開になるかもしれないと某は思った。 何故ならこの城における名無し殿の言葉は秀吉公の言葉と同じだけの重みがあるのだ。 彼女を手に入れるのは、一万の兵の力を得るのと同じ事。 名無し殿の情人となって彼女を完全に己の魅力の虜としてその言動までもを操れるような立場となれば、ここでは彼女に次ぐ実質的なNo.2の実力者になる事が出来る。 いや……違うな。 そうする事が出来たなら、秀吉公とねね夫人に次ぐ力を持つ名無し殿、そしてこの某。 豊臣方における覇権の中でもNo.3の権力者になれるのだ。 (浅井の家が復興出来る) 思わず、そう思った。 この名無し殿の力を得て自由自在に兵を挙げられる程までになれば、織田によって滅ぼされた我が浅井家が復活出来るかもしれぬのだ。 彼女を、この某が手に入れる事によって。 (……父上) グルグルと暗転する思考の中で、炎上する我が故郷・京極丸の城が織田の命を受けた秀吉殿の手によって、燃え盛る業火に包まれて崩れ落ちていく様子がまるで昨日の事の様に思い起こされる。 本陣の城が陥落した事により、抵抗を諦めた父上が無念の内に自害して果てた時の事を思い出す。 まさに、地獄絵図。 某だって織田を裏切りたくはなかった。だが織田家よりも朝倉家の恩を重視して義を選んだ我が父・久政や古くからの重臣の決定にはさすがの某も逆らう事が叶わなかった。 我らが浅井家は、戦の勝利よりも自らの信念に基づいて『義』を選んだだけだというのに。 この世には、義も愛も何も残ってはいないのだろうか。 この世には、神も仏もいないのだろうか。 「長政殿…。どうされました?さきほどから何やら…顔色が…」 「名無し殿…」 疑う事も知らぬような名無し殿の真っすぐな瞳が某の心を貫いていく。 今でこそ秀吉殿のお人柄と才気に打たれ、こうして豊臣に身を寄せる事になったとはいえど、この恨みは決して消えてはいない。 滅びていった我が一族の為にも、お家に尽くしてくれた忠臣達の為にも、某がここで他の武将達に負けて潰える訳にはいかぬのだ。 「悩みは…あります。名無し殿。狂おしい程に胸を悩ませる事柄が、この長政にはあるのです」 俯いて顔を下に向けたまま、某は落ち着いた静かな口調で名無し殿に告げた。 「それは…なんて事…。本当なのですか?長政殿…。何のお力にもなれないかもしれませんが、私でよければその悩みを聞かせては頂けませんか?」 「それが…名無し殿には言えぬ事なのです。あまりにも許されざる事なので」 「そ…それは何故ですか?長政殿」 苦しげな声を漏らして低く呟く某の様子に、名無し殿が心底心配そうな顔をして優しく声をかけてくれる。 その反応に手応えを感じつつ、ついに某は決意を秘めた計画を行動に移す事にした。 「それは…所謂恋の悩みでございます。名無し殿…先程初めてお会いした時よりこの長政、貴女に一目惚れしてしまったのです」 「!!」 ここからが、家と男をかけた某の本当の戦いなのだ。 「な…に…?何を…言って…」 「……名無し殿」 困惑気味の表情を浮かべ、名無し殿がしどろもどろな声を上げる。 ギシッ。 「あっ……」 某が立ち上がったと同時に畳が軋む音を立て、名無し殿が慌てた様子で後を追うように立ち上がる。 「や…やめて…。何かの間違いです…こんな…」 「間違いではありません」 じりじりと後に下がって逃れようとする名無し殿へと慎重に距離を詰めながら、某はどうやって彼女を捕まえようかと思考を巡らせていた。 なんせ生まれてからずっと女は皆自分から某に擦り寄ってくるような物だったので、逃げる相手を捕まえるような経験は一度もしてこなかったからだ。 上手くいくといいが。 「きゃっ…!」 グイッ。 隙をみて逃げ出そうとした名無し殿の目線を瞬時に見定めると、間髪入れずに手を伸ばして走りだそうとしたその体を引き止めた。 ギュッ。 「あんっ…」 今朝告白してきた女と同じように腕を回して力強く抱き締めてやれば、甘く滴るような悲鳴が彼女の口から溢れ出してきた。 「い…いや…長政殿…離し……」 目にジワリと涙を溜めて某を見上げ抗議をする名無し殿。 その潤んだ瞳と甘い鳴き声に下半身を突き抜けるような衝撃を味わってしまい、肉欲に突き動かされてしまった某は目眩すら起こしそうになっていた。 「んんっ……」 いつものように女の顎をつかんで上を向かせ、ためらう事なくその唇に口付ける。 [TOP] ×
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