戦国 | ナノ


戦国 
【罪と罰】
 




哀しそうに一礼をして去っていく自分の女官の姿を横目で見送りながら、ホッとしたような表情を浮かべつつ、幸村殿が三成殿の口調を咎めようとした。

「三成殿…あれはちょっとひどくありませんか?物事には言い方という物があるじゃないですか」
「ふん。だからお前はいつも好きでもない女にしつこく付きまとわれるような羽目になるのだ。女は図々しいからな。変に気を持たせるとのぼせ上がるし欝陶しいだけだ」
「しかし、ですね…」
「幸村…。この俺に説教などいらぬ世話だ」

某が秀吉公の元に降ったのは3ヵ月程前の事だった。

新しい環境にも大分慣れてきた所だし、人の顔や名前も随分覚えたとは思っているが、まだ十分とは言い切れないのが現状だ。

昨日の敵が今日の友というこの混迷する戦国時代。

今までの経過を振り返ってみても、割りと問題なく城内に溶け込む事が出来た某だが……。

「三成殿、貴方という人は…。長政殿からも彼に何か言ってやって下さいよ」
「長政か。お前の噂は俺にもよく伝わっているぞ。その綺麗な顔と甘い台詞で女官共を相当泣かせているらしいな。優男なフリしてやるではないか」
「えぇっ!?そ…そうなんですか?確かに長政殿は女性に優しい上に、相当な美男子ですもんね」

どうやらこの幸村殿という人間は、他人の恋愛事には全くと言っていい程無頓着なタイプのようだ。

「そういえば先月お前にやたら付きまとっていた女がいたな。最近姿を見ないが体のいい厄介払いか…始末でもしたのか?」
「!!…三成殿も人聞きの悪い事を言われる。私の方が彼女に飽きられてしまったのです。私などこのようにつまらない男ですので」

図星を付いてくる彼の問いに、某は得意の作り笑顔を浮かべながら用意していた台詞を返す。

こちらの三成殿という人は常に周囲の情報を収集・分析しているようなタイプに見える。

どちらが油断ならないのかと言われれば、断然三成殿になるだろう。

しかしこの幸村殿。

どこから見ても爽やかな好青年にしか見えないのだが、一度戦場に出ると何のためらいもなく愛用の槍で一思いに敵を貫き、そのまま容赦なく地面へと叩きつけていく。

本当に油断がならないのはどちらであろうな。

「ふん。心にもない事を言う。色男はこれだから…」

私の返答に薄い笑みを浮かべていた三成殿が、ふと何かに気付いたように私の背後に目線を向けた。

「……?」

怪訝に思った某が三成殿の視線を追ってゆっくりと後ろを振り返ると、こちらに近づいてくる一人の女性が目に入った。


「あっ…名無し殿!」

その姿を見た途端、幸村殿の端整な顔にサァッ…とたちまち赤みが差していく。

何者だ?この女。

内心疑問に思っていると、そんな周囲の様子にはまったく気を遣う素振りもなく、ニコッと優しい微笑みを浮かべてその女が話しかけてきた。

「お話の途中にごめんなさい。貴方が長政殿ですね?」
「…そうです。失礼ですが、貴女はどちらの…」
「あっ…!そうですよね、私ったら。大変申し遅れました。私の名は名無しと言います。一応、これでも秀吉様よりこの城を任されている身です」
「!」


名無し殿…?


これがあの噂の秀吉公の信頼も厚い、女領主の名無し殿だというのか?

某を見上げる彼女の姿をまじまじと見つめながら、某は俄かにはその事実が信じられなかった。

何故なら彼女は一見どこから見てもごく普通の女性のようにしか見えなかったのだ。

噂ではその存在を聞いていたのだが、どうせ女人が高い地位につくとすれば男の愛玩物か色仕掛けというのがこの時代では定説だ。

なのでもっとこう…色気の塊というか、滴るような……。

零れ落ちそうな程豊満な胸元にどこまでもくびれた腰と細い足、文句の付け所も無いような絶世の美女を想像していたのだが。

確かに可愛らしい雰囲気を漂わせてはいるものの、あまりに普通の女の子過ぎて何だか拍子抜けしてしまう。


この女性が本当にあの名無し殿なのか?


「これは…名無し殿とは知らず、とんだご無礼を。浅井備前守長政にございます。某に何か?」
「そんな…こちらこそ。長政殿は浅井家のご当主でしたよね?もしよければ、豊臣軍に降る以前のお話をいろいろお聞きしたくて。今から少しよろしいですか?」

深々と頭を下げて謝罪をする某に対し、名無し殿が慌てたように某の顔をそっと遠慮がちに覗き込む。

なるほどな。今後の参考にする為に某が以前使用していた浅井軍の兵法と戦略の情報が知りたいという訳か。

だが某には今から秀吉公への謁見の予定が控えている。

「申し訳ない。今からは所用がありまして…。夜でよければ空いておりますが…」

予定を聞かれた某は、少し悩んだがここは正直に答える事にした。


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