戦国 【罪と罰】 「長政様…す…好きです!ずっと以前からお慕いしておりました…」 「……。」 またか。 目を真っ赤にして泣きながら告白してくる女官を見ながら某は内心そう思っていた。 某がこういう経験をするのは初めてではない。 正直に言えば、今月分としてはもう5人目ではないだろうか。 自分を慕ってくる女を傷つけないように断るというのは至難の技で、良い方法があれば是非教えて欲しい物だと某は常に思っている。 でもそんな事を他人が親切に教えてくれるはずがない訳で、多分某以外の男も皆自己流の断り方を習得しているのだろう。 「本当に…好きなんです。私…私、長政様になら何をされても…」 「……それは、本当か?」 「は…はいっ…!!」 ……なんて、都合の良い。 男が一番喜んで歓迎するのはこの手のタイプだ。 巧いこと言いくるめれば、どんな風にだって料理出来る種類の女。 こういう女の殆どは男にとって良いようにされてしまうだけで、本命になれる可能性はまず低いとみて良い。 いつまでたっても二番目やその他大勢の立場から抜け出せないという女がいたら、こんな台詞は言わない事だ。 ギュッ。 「……!」 「……すまない。君の気持ちは本当に嬉しいのだが、某は武将だ。城を空ける事も多く、戦が始まれば真っ先に駆け付けねばならぬ。こんな某が君の事を幸せにしてやれるはずがない…」 「長政様……」 不意に強く抱きしめて甘い声を出して耳元で囁く某の行為に、彼女の顔がみるみるうちに真っ赤に染まる。 いかにも誠実に見えそうな、切なくひたむきな表情を造って彼女の瞳を真っ直ぐに覗き込む。 「ここで君を抱く事は簡単だ。だがそれでは余りにも君に対して忍びない。某は君の事を大切にしたいと思っているのだ。この気持ち、どうか分かってはくれないか…?」 「あぁぁ…長政様ぁ……」 息がかかるほど間近な距離で見つめてやれば、女はうっとりと感嘆の溜息を漏らす。 『据え膳食わねば武士の恥』とはよく言うが、据え膳にも色んな種類の据え膳があるのだ。 気を付けて食わないと、たまにとんでもない『毒』が入っている事がある。 先月同じ様な告白をされた若く美しい1人の女官がいた。 願ったり叶ったりだと某が喜んで彼女を腕に抱いた結果、某を待ち受けていたのは散々たる物だったのだ。 その女は自分こそが某の恋人なのだと言い振らし、どこに行くにも付きまとってくるようになった。 たかが一度限りのセックスで。 まったく、冗談じゃない。 (……まあ、一度限りとはいえ随分激しい物だったがな) 結局その女の始末は某自身で付ける羽目になってしまった。外見は非常に良い部類の娘だったので、今でも少々惜しい事をしたと思っている。 この女官はあの時の女と似た匂いがするという事を某は敏感に察知した。 絶対に手を出してはいけないと男の直感が告げている。 「本当にすまない。今後ともずっと、某の身の回りの世話を頼めるか?」 「あぁ…長政様…。長政様の…お側にいられるだけで…私は幸せです…」 女は、本当に、簡単だ。 「何度言ったら分かるのだ。俺は貴様のような女と付き合う時間など一切持ち合わせておらん」 「あの…ほ…本当にすみません。何度言われても…私にはすでに、心に決めた女性がいるんです…」 広間に行こうとして城の廊下を歩いていたら、奥の方から聞き覚えのある武将二人の声が聞こえてきた。 「分かったらさっさと目の前から消え失せろ。俺は自分の執務で忙しい」 「そ…そんな…三成様…。あんまりでございます…」 片方は、やけに平静で冷たい声。 「えっと、ですね…。私のような男よりも、よっぽど貴女に相応しい男がいると思うんです。なので…その…」 「ゆ…幸村様…。何故そんな事をおっしゃるのですか!?私には幸村様しかっ…」 そしてもう片方は、やけにしどろもどろな口調で遠慮がちな声。 ふぅん…。三成殿に、幸村殿であったか。 確かに二人ともタイプの違いこそあれ女性から絶大な支持がある武将のようだ。 それにしてもえらく対照的な対応の仕方だな。 他人が思い思いのやり方で断っている光景を見るというのは、これはこれで見物だな。 「あっ…な…長政殿!」 視界の中に某の姿を捕らえた幸村殿が、まるで『丁度いい所に…』というような顔付きをして、某に目で訴えかけてきた。 その姿が先程の自分の状況と重なって彼に同情してしまい、つい助け船を出してやる。 「そこの娘。あまり幸村殿を困らせないでやってくれないか?彼は一度に複数の女を愛せない誠実な男なのだ」 「長政様…」 泣きそうな顔をしている女官に優しい声で言い聞かせていると、三成殿の女官の方はもう完全に泣いてしまい、パタパタと走り去って行く様子が視界の端に見て取れた。 [TOP] ×
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