戦国 | ナノ


戦国 
【innocent】
 




私のその言葉を聞いて、三成殿がニヤリと口元を吊り上げた。

「それについては同感だ。俺も自分から寄ってくるようなつまらん女は嫌いだ」
「三成殿も…ですか?絶対モテモテだと思うのに…」
「ふん。俺は人生において一度も女に不自由した事はないからな。それより幸村、俺はもう行くぞ。質問は終わりか?」
「!!あっ…あの…名無し殿は…今どうされているかご存じですか?」


ピクッ。


慌てた私が名無し殿の名前を出した途端、彼の眉が僅かに上がったように見えた。


「あの女の事が…気になるのか?」
「いや、その…。今朝の鍛練の時にも姿を見せられなかったので、お体の具合でも悪いのではないかと…」

そう。いつも顔を見せる名無し殿が今朝に限っていなかったので、それが余計に私の気持ちを消沈させていたのだ。

せめて一日に一度は会いたい、愛しい人。

しばらく私の表情を探るような目付きをしていた三成殿だったが、やがて淡々とした口調で告げた。

「あの女なら体調を崩して今日は自室で休んでいる」
「えっ!?名無し殿が体調を…!?」
「自己管理のなってない女でな。俺はこれから殿の命令で少し城を空けねばならんというのに、まったく世話のやける奴だ」
「やはり、そうだったのか…」

心配でたまらないといった私の顔色を三成殿がじっと見つめている。

私の心を見透かそうとするかのようなその視線。

彼のこの瞳で見つめられると何も隠し事など出来ないような気がしてしまう。

「あの女に懸想しているのか?幸村」
「なっ…!?ななな…何を仰る、三成殿!!」

突然の三成殿の直球過ぎる質問に、つい上ずった返事をしてしまった。

冷や汗をかいている私の姿を見て嘲笑混じりに彼が言った。

「やめとけ、あんな女。あの手の顔は不感症だ」
「はぁ…!?いきなり何を言いだすんですか!?女性に対して失礼ですよ、三成殿。その発言は撤回して下さい!!」

好きな女性を侮辱され、ムキになって言い返す私に三成殿はもうとっくに立ち上がって背を向けていた。

そのまま何事もなかったかのように廊下の方へ歩きだしていたが、チラリと振り返ると私に告げた。

「撤回してやろう、幸村。色んな意味で敏感だ。……名無しという女はな」
「えっ……?」

そう意味深に告げてクスクスと笑うと、三成殿は廊下の奥へと消えていった。

「……。」

何だろう。今の言い方。

何か重要な意味が含まれているんじゃないかと思うのに、肝心なその意味がよく分からない。


そんな事より名無し殿の体調の方が気になって仕方がない。

「名無し殿……」

彼女の名前を口にした途端、思いがとめどなく溢れ出してきた。

名無し殿が心配だ。

いてもたってもいられなくなって、私は立ち上がると彼女の部屋へと向かって行った。





「名無し殿…幸村です。お体の具合はいかがでしょうか…?」

名無し殿の自室の前まで辿り着いた私は、片膝をついて襖ごしに彼女に対して声をかけた。

しばらくしても一向に何の返事も返ってこない。

「……名無し殿」

嫌な予感が、私の全身を満たしていく。

どうしよう。

体調が悪いというのは果たしてどの程度の物なのだろうか。

彼女の身に、万が一の事があったら……


「失礼。入ります!」


ガラッ。


ピシャリ。


そう考えるととても我慢が出来なくなって、気が付いたら私は目前の襖を開けて名無し殿の部屋の中まで入ってしまった。

室内をキョロキョロと見回すと、一番奥の蚊帳の中に名無し殿の姿を確認する事が出来た。

「失礼します……」

名無し殿を起こさないように小さな声で呟いて、足音を立てないように静かに彼女の方へと近づいていく。

間近で見た名無し殿の寝姿は額にうっすらと汗をかいていて、息苦しそうなその様子からは熱があるのではないかと推測された。


なんて、お可哀相に。


こんな苦しそうな名無し殿の姿はとても平常心では見ていられない。


「う……ん……」
「名無し殿……」


しかもうなされている。

何か嫌な夢でも見ているのだろうか。それとも苦しさのあまり無意識に声が漏れてしまうというのだろうか。

名無し殿をこの苦しみから何とか助けて差し上げたい。


「んっ…ぁ…。いやぁ…三成…やめて…やめて…」
「!!」
「イ…ヤ…三成…許して…。お願いだから…もう許して……」
「名無し…殿っ…?」


彼女の口から振り絞るように零れ出てきた言葉は、何故か三成殿の名前だった。


何故こんな時に三成殿の名前が出てくるのだろう。


あの三成殿の事だ。名無し殿が夢でうなされる程までに、普段から仕事上で彼女に辛く当たっているのだろうか?


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