戦国 【innocent】 「どうした、幸村。そんな所で何を腐っている」 「三成殿……」 朝の鍛練を終えた後、城内の庭先で一人しゃがみ込むように座って物思いに耽る私に、三成殿が目ざとく話し掛けてきた。 「その…今悩んでる事がありまして。ある女性の、事なんですが……」 「またか幸村……。前回の失敗でしばらく懲りているかと思えば、どこぞの女に再燃か?言っておくが、この俺に対して恋の相談などするだけ無駄だ。お前の力にはなってやれんぞ」 「み…三成殿。それは言わない約束では?私だって反省しているんですよ…」 「フッ…あれはなかなか面白い見せ物だったぞ。俺は楽しませて貰ったな」 三成殿の言う私がしでかした前回の『失敗』というのは、以前好きになった女性にはすでに恋人がいた事が原因だった。 『幸村様の事は好きだけど、私にはもう恋人がいる』 『もっと早くに幸村様と出会っていれば…』 と言って心底悪そうな表情を浮かべて私の告白を断った彼女。 『好きだけど』 『恋人が』 彼女の思わせ振りな言葉を素直にそっくりそのまま真に受けた私は、彼女の目の前でその恋人を…… 殺したのだ。 その後彼女と恋人の待ち合わせの場所を知った私は、先回りしてじっと物陰で二人が現れるのを待っていた。 そして彼女が着くよりも先に姿を見せた男に声をかけ、間違いなく彼女の恋人だという事を確認した上で、いつも通りに愛用の槍で彼の体を貫いた。 人を殺すのに、私達は何のためらいもない。 人なんて、普段から数えきれない位殺してる。 私の槍が男の心臓を貫通し、口からゴボコボと血の泡を吹き出したその現場に彼女が遅れてやってきた。 『……ゆ、幸村様……。一体……何をして……』 『何って…彼のせいで私と付き合う事が出来ないって、貴女は哀しんでいたじゃないですか…』 ズルリ。 ドサッ。 私が槍を引き抜くと同時に血塗れの彼の遺体が前のめりに地面に向かって倒れこみ、ドクドクと流れ出る新鮮な血が地表を伝って彼女の足元まで広がっていく。 『これでもう、何の心配も入りませんからね。誰も私達の邪魔をする者はいなくなったのだから』 『ひっ…!いやぁぁぁ────…っ!!』 変わり果てた自らの恋人の死体に駆け寄って、彼女が断末魔の悲鳴を上げる。 彼女の悲鳴を聞いてその場に集まってきた人間達で周囲は一時騒然となり、男の遺体はあっという間に処理されて、彼女は強制的に田舎へ送り返された。 方や戦国武将。方や何の地位もないただの女官。 体のいい口封じというやつなのだろう。 その出来事を聞いた秀吉公は私の行いに対して目を細めると、 『またか、幸村。仕方のない奴じゃのぉ……』 と言っていつも通りに笑って流された。 兼続殿も左近殿も、 『幸村殿らしい』 と言って互いに顔を見合わせて苦笑していた。 私の心は哀しみで一杯だった。 私の事が好きだっていったのに。 恋人がいるせいで私と付き合えないのだと悲痛な顔で私に訴えかけていたはずなのに。 なんで? どうして? 私の何がいけなかったというのだろう? 「……三成殿」 「何だ?」 思い出してまた落ち込んでしまった私はつい自分の疑問を三成殿にぶつけてしまった。 「私は…何か間違った事をしたのでしょうか?私は何か…彼女に悪い事を…」 「……幸村……」 今にも泣きそうな顔をして俯いている私の隣に腰を下ろすと、手にした扇を広げながら三成殿は静かに言った。 「ふん。別に。お前は何も間違った事はしていない……俺から見ればな」 「そ…そうですか?」 予想外に素直な同意をしてくれた三成殿の台詞に私は驚いて目を見開いた。 「一度欲しいと思った物はどんな手段を使ってでも必ず手に入れる。その邪魔をする者は、殺してでもそれを奪う。それがこの戦乱の世に生きる我々の、たった唯一の共通する信念だろう?」 「……三成殿……」 「俺がお前でも、同じ事をするだろうさ。自分が欲しいと思った事が全てだ。女の気持ちなんてどうだっていい。まあ、俺ならお前よりずっと巧く証拠も残さずやれるがな」 「……。」 そう言ってクスリと笑う三成殿の美しい顔立ちに私は見とれてしまっていた。 こんな男性に口説かれたりなんかしたら、断れる女性などこの世に一人もいないのではないだろうか。 「三成殿は、いいなぁ…。女性に関して何の悩みもなさそうで」 「くだらん悩みだな。幸村だって黙っていれば女共に十分人気があるだろうが。自分に寄ってくる適当な女じゃいかんのか?」 「それが駄目なんです。どうやら私、自分が追い掛ける方が好きみたいで」 三成殿の質問に溜息混じりに返答を返す。 [TOP] ×
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