戦国 | ナノ


戦国 
【Love Wars】
 




要するにこういう目でこの女の事を見ているんだろう、お前


お前程度の考える事なんて、全部お見通しなんだよ。


──────正直に言えよ。


無言のまま目で訴えかけるようにしてオレの両目を射貫く三成殿の鋭利な視線にゴクリと喉が震え、息が止まりそうになる。

(ち…、違うっ。オレはそういう目で彼女を見ていた訳じゃない。オレが名無し殿に求めているのは、オレが彼女と築き上げたい関係は、オレは、オレは……)

全力で否定したいのに、彼の凍えるような眼光で真っ直ぐに見つめられているとまるでそれが真実だったように思え、罪悪感で胸が震えた。

どう答えて良いのか分からず二の句が告げずに黙ったままでその場に立ち尽くしていると、名無し殿が懸命に体をひねって三成殿の腕の中から脱出する事に成功した。

「もうっ…、何度言わせるの!からかうのはやめてってお願いしてるでしょう、三成!!」

(……えっ!?)

強い口調で否定した名無し殿の声に希望を抱くようにして三成殿の顔を見てみると、彼は込み上げる笑い声を堪えるようにしてククッと低く笑っていた。

「あー面白い。本気にしてるぞ、あいつ」
「……何でそんな事言いだしたの?三成」
「だから重役会議が二時間後だから暇を持て余していると言っただろう?こんな楽しい遊びを途中で中断して素直に部屋に帰れるか」
「ふぅん。三成って結構暇人だったんだね。知らなかったな〜」
「なんだと?お前いつから俺に対してそんな偉そうな口を利けるようになったんだ」
「前からですっ。私だってたまには三成に言い返そうと……むぐっ!?」
「気に入らんなその態度。後でじっくり躾直すぞ、いいな。名無し」
「い…いひゃい!みちゅなり、いひゃい!はなひて!ごめんなひゃい、ごめんなひゃい〜っ!」

オレの見ている前で名無し殿が反抗的な態度を取ったのが気に入らなかったのか、三成殿が名無し殿の柔らかそうなほっぺたを左右同時に掴んでギューッと真横に引っ張っている。

「お前の主人は誰だ?名無し」
「むぐぐ…、ひょ、ひょんなあ…いやでふう……!ひょれは…ひょの……っ」
「もっと痛い目に遭いたいか?」
「んんん〜!ひや!ひやです!!」
「じゃあ言え。これが最後のチャンスだぞ。お前は誰の所有物なんだ?」
「ううう…。み…、みひゅなり…、みちゅなりですぅぅ〜……」

パッ。

彼女の答えに満足したのか、三成殿が急に彼女の頬から両手を離す。

名無し殿は両方の頬を引っ張られながら懸命に声を振り絞っていたのが相当苦しかったのだろう。

解放された直後、名無し殿は何度もゴホゴホッと大きな咳を零し、必死に呼吸を整えようと試みる。

「ひっ…、ひどいっ……。ひどいよ三成!よりによってお客さんが見ている前でこんな風にして虐めるなんて。三成のイジワルっ!本当に…ひどすぎるっ!」

名無し殿は先程まで自分に責め苦を与え続けていた男の顔を仰ぎ、半泣きになりながら抗議していた。

するとついに我慢が限界に達したのか、ポロポロッと名無し殿の両目から涙の滴が溢れ出し、ツツーッと彼女の頬を伝って流れ落ちていく。

(あ……)

その可憐で儚げな姿を目にしたオレは一瞬にして彼女の泣き顔の虜になり、何とも言えず残酷で嗜虐的な感情が己の体内からフツフツと湧き上がってくるのを感じた。

うわ…、なんだあれ…ゾクゾクする!!

泣かせたい。思いっきり、自分と二人きりだけの時に、名無し殿にイジワルをして泣かせたい!!


────ハッ。


(!?お、オレは今…何を!?)

突如暴走し始めた正体不明な感情に混乱しオレがワタワタしていると、三成殿はそんな名無し殿の泣き顔に指を滑らせ、零れ落ちる涙を確認するようにしてそっとすくい取っている。

「俺がそういう男≠セって事くらい、お前が一番分かってくれているはずだろう?」

肩の辺りで不揃いにシャギーの入った茶色い髪を春風になびかせながら、口元にニヤリと黒い笑みを浮かべて三成殿が言う。

名無し殿の泣き顔を見下ろす三成殿の瞳は彼女の涙に喜びを感じ、男としての欲望と興奮を覚え、どこかうっとりとしているようにも見えた。

どこまでも自分中心で他人に対する思いやりのかけらも感じられない三成殿の台詞なのに、彼女に語りかける時の彼の声に僅かな熱がこもっているような感じがして、ほんの僅かな優しさが含まれているような気がして俺はまたしても胸がキュウッと痛む。


(これが……あの石田三成)


我が加賀谷家とは比べ物にならないくらいに強大な権力を手にしている石田家の御曹司。他国に誇る、豊臣軍の名軍師。名無し殿の同僚。

初めて見た実物の三成殿の顔は今まで見たどんな男達よりも端麗で、全身からはピリピリとした隙のない凄味と覇気が漂っていた。

そして女心を瞬時に蕩けさせるであろう、うっとりする程の張りのある彼の声。

こんな男性に熱い囁きと熱視線のダブル攻撃で迫られてしまったら、例え冗談やお遊び半分だと分かっていても世の女性は一撃で腰砕けになってしまうに違いない。

仏に純潔を誓った尼僧院の尼女達ですらも彼が相手ならまるで催眠術にかかってしまったようにフラフラになり、たちまちその身を捧げてしまうだろう。

同性として悔しいが、認めざるを得ない。


性格にはかなり難が有りそうだが、それを補ってなおなんて──────なんてイイ男なんだ!石田三成!!


「大体、お前は俺のモノだっていう自覚が足りないんだ」
「ううう…。三成ったらすぐそうやって人をモノ扱いするんだからっ……」

女性に対してこんな態度を取ってそれでも許されるというのは、まさに彼のような男だからこそ成し得るスゴ技だろう。

名無し殿が着物の裾をそっと目元に押し当て、自分の涙を綺麗に拭い終わると、そのタイミングを見計らったように三成殿が言葉を発する。

「……名無し。お前、今夜の予定は?」

名無し殿が三成殿の問いに答えようとするようにゆっくりと彼の美貌を見上げると、三成殿は先程と同じようにして彼女の髪の毛に己の指を絡め、クルクルと捻りながら言葉を続ける。


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