戦国 | ナノ


戦国 
【Love Wars】
 




「でも…、ごめんなさい…少し後でもいいかな。今私、こちらの方とお話ししていた所なの。途中で三成が私を呼んでくれたから最後まで聞けなくて。話が終わったら急いで三成の後を追いかけるから先に行って貰ってもいい?」

名無し殿の問いかけに、途端に三成殿は驚いたような顔をして彼女を見つめた。

三成殿はまさか自分の誘いが断られるなんて思ってもみなかったようだ。

彼は怜悧な顔付きで名無し殿をじっと見下ろしていたが、不意にオレに顔を向けると氷のように冷たい視線を注ぐ。

「ほう……。ちょっと目を離した隙にこれとはな。お前、俺の知らない間にまた新しい男をくわえ込んだのか」
「三成!」

気丈な態度でキッと三成殿を上目遣いに睨む名無し殿とは打って変わって、オレはと言えばまるで信じられないモノを見るような目付きで三成殿を凝視していた。


(くっ…!くっ、くっ、くわえ込む───!?)


なななっ…、なんて下品な発言をする男性なんだっ。あんな天使のような顔でこの台詞か!?く、くわえ込むって…、その…、そのっ……!!


聞き慣れない言葉の意味をあれこれ考えて見る間にカーッと赤面するオレの変化を視界の端にガッチリ捉え、三成殿は意地悪な声をオレの間近で降らせる。


「───童貞みたいな反応」


クスッ。


(!!)


三成殿が語ったその直後、カーッと全身を血液が逆流するような感覚が駆け巡る。

「そ、そ、そんなこと……っ」

否定しようにも、実際真実なのだから反論のしようがない。

好きな女性の前で味わった男としての劣等感と屈辱に拳を振るわせながら三成殿を睨み付けると、そんな俺の怒りに満ちた視線などどこ吹く風といった様子で三成殿は相変わらず長い指先で名無し殿の髪の毛を軽く引っ張っていた。

そんな彼の態度に、オレもつい堪忍袋の緒が切れる。

「……やめろよっ。じょ、女性に対してそんな乱暴な事したらよくないだろ!!」
「赤の他人が知ったような口を利くな。こいつはこういう風にして俺に手荒に扱われるのが好きなんだ」
「う…嘘だ!!」
「ふん。嘘だと思うなら本人に聞いてみろ。どうせ否定はしまい」
「!!そ、そんな…。ほ…本当なんですか!?名無し殿っ!?」

三成殿の台詞を受けた俺はすがるような物言いで名無し殿に尋ねた。

名無し殿はこのような遣り取りは何度も経験しているようで、ハーッという深い溜息を零しつつオレを優しい笑みで見返した。

「この人はいつもこうなんです。大丈夫……慣れています」

そう言って苦笑混じりにオレに答える名無し殿の瞳はいつも通り穏やかなもので、三成殿を見つめるその眼差しは信じられない程の温もりと信頼感に満ちていた。

何だこれは。この二人の言葉が意味する両者の関係性はなんなんだ。

分からない。理解出来ない。全く持ってオレには理解出来ない!!


「……お二人は……、お付き合い、されているんですか……?」


ポツリ、と、最大の質問がオレの喉を通過して、外の世界へと力なく吐き出される。

さっきから一番聞きたかった事だが、同時に一番聞きたくなかった事。

だってこんなのあんまりだ。

今まで20数年間、ずっと生きてきて初めて出会えた恋なのに。今まで何の楽しみもなく、無駄に人生を過ごし、生きる意味も目的も分からない程に荒んでいたオレの心を救ってくれた女の人なのに。

名無し殿に恋をしたからこそ、彼女との将来に夢を抱いたからこそ、オレはこんなにも頑張ることが出来たのに。寝る間も惜しんで自分磨きに精を出して、新しい自分を手に入れる事が出来たのに。

まだ見ぬ未来への恋人を、名無し殿との幸せな日々を想像しながら自分を叱咤激励する事でようやくここまで辿り着けたのに。


それなのに、たった数分で人生最大の恋が破れるなんて─────あんまりだ。


オレの問いを聞いた名無し殿は、始め自分が何を言われたのか、オレが何を気にしているのか分からないといった様子でポカンとしていた。

だがそれは時間にしてほんの数秒程度の事だった。

名無し殿はオレの放った言葉の意味を飲み込むとクスッと笑みを零し、穏和な微笑みを浮かべたままでブンブンと両手を左右に振って否定する。

「ふふふっ。ビックリした〜、千代丸殿ったら急に何変な事を言い出すんですか!私みたいな色気のない女を三成が好きになる訳なんてないですよ。私はこの人にとってただの暇潰しと言いますか、単にからかわれているだけなんです」
「ほ…、本当にっ…!?」

その場を取り繕おうとして名無し殿が適当な事を言っているだけかとも思ったが、どうやらオレを見る彼女の瞳、そして口調からすると本当にそう思っていそうである。

名無し殿が嘘を言っているようには思えない。

彼女の態度からそう結論付けたオレがホーッと溜息をついて己の手で胸を撫で下ろしていると、三成殿は何を思ったのか急に名無し殿の髪から手を外し、代わりに彼女の肩に手を乗せる。

「ええっ…!ち、ちょっと、三成!?」

グイッ。

名無し殿が少々驚いた声を上げるや否や、三成殿が名無し殿の体を強引に抱き寄せて、力強い腕の中に彼女の身をすっぽりと包み込む。

「下らない質問をするな。お前にそんな深刻な目付きで見つめられていたら、名無しだって本当の事など言えるはずがないだろう。そんな事も分からないとは鈍い男だな。なあ、名無し?」

三成殿は低い声でそう告げて、彼女の耳元に唇を寄せる。

男の熱い吐息がフウッ…と耳たぶにかかり、ピクンッと肩を跳ねさせる名無し殿の動きを封じ込めながら三成殿がさらに囁く。


「名無しの事なら外も中も、身も心も、名無しの奥の奥まで全部知っている俺が憎いか?」


好きなのか?この女のこと。


意地悪感たっぷりの目で見つめられ、質問され、『違う』と否定したいのに、心臓の中で暴れる鼓動と血液が邪魔をして上手く言葉にならない。


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