戦国 | ナノ


戦国 
【Love Wars】
 




「はい。何でも仰って下さい、千代丸殿」

きゅっ。

名無し殿は微笑みながらそう答え、オレの手を握っている指先に力を込めた。

大丈夫、頑張って≠ニいう感じでオレの言葉の先を優しく促そうとする名無し殿の心遣いに感謝すると同時に、高鳴る鼓動で心臓が口から飛び出そうになる。


な、なんだこれは!!


や、やわ……


柔らかいっ!!!!


多分母親以外で接触するのは初めてであろう、女性の手。

自分のような男の手とは全然違う、その想像以上の柔らかさにオレの思考は混乱し、余計に今自分が置かれているこの状態が分からなくなってしまった。


ヒー!!どうしよう!!!!


どーすんだオレ!!どーすんの!!!!


「おっ…、オオオオオオオレと!つつつつ、付き合ってくだしゃ……っ!!」


「おい、名無し!そこで何をしている?」


不様なほどにカミカミで舌っ足らずな口調でオレが告白しようとした瞬間、その声に被せるようにしてオレの背後から謎の声が飛んできた。

すると、その声を合図にするようにして名無し殿がオレの手を握っていた己の手をパッと離し、背後にいる人物を確認しようとオレの肩越しにそっと身を乗り出す。


(くっそおおおおお!!誰だ!!こんな大事な時に邪魔をするのは!!)


オレの恋路を邪魔する不届きなヤローは、一体どこの誰なんだ────ッ!!!!


これが以前のオレであれば、『ヒッ』と小さく声を上げて震え上がり、自分の顔を見られないようにとどこかに身を隠そうとするだろう。

だが、今日のオレは昔とは違う!

今や父親以上の美男子に変身し、すれ違う女が誰もかれも皆振り返り、熱い視線を注ぐ存在となったオレは完全無敵状態。言うなれば恋の勝利者だ!!

「だ…、誰だ?君はっ。今オレはこの女性と大切な話をしているのだ。彼女に話があるならオレの後にして貰おうかっ!!」

オレは勢い良く背後を振り返ると、考えていた台詞を謎の人物に投げつける。

(くぅーっ、キモチイイ!!)

今までのオレなら絶対に切れなかった啖呵。

強気な台詞で他人に立ち向かえるのがこんなに気持ちの良いものだとは!!


────しかし、次の瞬間。


頭の天辺からつま先まで駆け抜ける高揚感に浸っていたオレは、一気に地獄に突き落とされた。


「はあ…?誰だお前。その女に関して優先権があるのは俺の方だ。どこのどいつか知らんが、引っ込んでいて貰おうか」


唖然とした顔を向けるオレを見下ろす男の鋭い双眼が、瞬きもしないままスイッと細められる。

美男として名が知られたオレの父親、そしてオレ自身、いや、オレが今まで出会ってきたどんな男達であってもとても足下にも及ばないような雄々しさと凛々しさ、美しさを兼ね備えた超人類がその場に立っていた。

この時のオレの衝撃を言葉では上手く表現出来ないのが悔しくてたまらない。

もう何と言えばいいのか、アレだ。


早 い 話 が 超 美 形 !!!!


「────三成!」


……えっ?


名無し殿の声を聞いたオレは驚いて彼女とその男の顔を交互に見比べ、自分の脳の奥底にある記憶を呼び覚まそうと必死で脳みそをフル回転させる。

(思い出したっ。三成って…そうだ、あの石田三成っ!!)

覚えていた名前、そして目の前にいる人物とを完璧に照合させたオレは再度男の方を振り返り、改めて彼の顔を仰ぎ見た。


────冷血漢、残忍、野心家、狡賢い、血も涙もない、無慈悲、誰もその心を読み取る事が出来ない、他人と群れるのを嫌う孤高のエリート。


様々な異名…、もとい悪名を持ち『佐和山の狐』として豊臣軍内外にも有名な石田の御曹司じゃないか!

豊臣軍の軍事参謀として秀吉様の元で仕えている事は以前から知っていたが、まさか名無し殿と知り合いだとは知らなかった。

「老中達の手際が悪すぎるせいで次の重役会議まで二時間近くも暇があると聞いてウンザリしている。だからお前を捜していたんだ」

くっきりとした形の良い眉、涼しげな目元と上品な口元はとてもそんな彼の評判からはイメージ出来ないくらいに格好良く、同じ男に生まれたオレですら思わず見とれてしまうくらい凛々しい顔立ちだ。

「名無し、今から俺の部屋で将棋をするぞ。俺がいいと言うまでお前が相手を努めろ。そして俺の気分を良くする為に盛大に負け続けろ」

しかし、そう言ってクイッと顎を上げて今来た方角を指し示し、名無し殿に告げる彼の口調は噂に違わぬ高圧的で自己中心的なモノだった。

「えええ…何それ?最初から私は負ける役って決まっているの?」
「ふん。当たり前だ。それともお前、俺に勝負事で勝つつもりでいるのか。大した度胸だな」
「だって…。なんでもやってみなきゃ分からないでしょ?確かにいつも三成には負けっぱなしだけど、私だって運が良ければ……」
「お前の運も行く末も俺が全て握っている。お前が俺に勝つなど有り得ない話だ」
「もう…、三成っ!」

低い声でそう吐き捨てた男の腕が、名無し殿の顔に伸びる。

指を近づけられた直後、反射的にビクッと体を震わせた名無し殿の頬の横をするりとすり抜け、三成殿の指先が名無し殿の髪の毛に触れた。

彼は名無し殿の髪を一束取り、弄ぶようにして己の指先に絡めると、軽くクイクイッと毛先を引っ張った。

「行くぞ」

目が覚めるほどに妖艶な美貌で、三成殿が笑う。

彼女の反論を決して許さないとでもいうような、どこまでも命令口調な彼の声。

そんな三成殿の要求に名無し殿は困ったような表情を浮かべて『うー』と可愛く唸り、どうしたものかと言いたげな様子で口元をモゴモゴさせている。

お気に入りの愛猫の喉元に巻かれている首輪に指をかけて引っ張り、自分の部屋へと連れ帰って可愛がろうとするような美しい男主人の姿と、まだ遊び足りないとでもいうように可愛らしい鳴き声をニャーニャーと上げて主人に訴えかける子猫。

三成殿と名無し殿の絡みを見ていると、何故か、そんなイメージが浮かんだ。


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